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ヴィクターの話をうまくはぐらかしつつ、ようやくお城に戻ってきた。
ここに滞在し始めて、まだ日が浅いのに随分と長くいるような気持ちになる。慣れって恐ろしいわね。
マリウス隊長達や、おじい様達、そしてヴィクターに挨拶を終えて小屋に速足で向かう。
ようやく遠征が終わった。なかなかの疲労感だわ。
肩の筋肉をほぐすようにして軽く回す。
死到林では何度かヴィクターに助けられた……。守る側の自分がまさか守られるなんて、私もまだまだね。もっと鍛錬が必要だわ。
「ただいまライ~」
ライは私を見るなり、嬉しそうに飛びついてきた。黒い柔らかく美しい毛を優しく撫でる。彼は興奮した目で私を見る。
そんなに私が帰ってきたことが嬉しかったのかしら。やっぱり持つべきものはライオンね。
ゆっくりと目に巻いてあった布を外す。
今日の仕事はもうこれで終わり。ぼやけていた視界が細部まではっきりと見える。
「ん~! なんだか解放された気分!」
私は手を大きく上に伸ばして、そのまま地べたに寝ころんだ。ライが私の体に顔をすりすりとくっつけてくる。
温かくて心地いいわ……。なんだか安心する。自然と大きなあくびが出る。
「まだやらなきゃならないことがあるけど……今日は、もう……」
睡魔に抗えず、そのまま眠りについてしまった。
小さな窓から朝日が容赦なく入ってくる。その光で目が覚める。
ま、眩しい。
私は目を細めながら起き上がる。いつもならすぐに動き出せるはずなのに、遠征の疲労がまだ抜けていないのか、体が重い。
それにやっぱり床で寝るのは疲れが取れない。
「おはよう、ライ」
隣で気持ちよく眠っているライを撫でる。本当に素晴らしい毛並みね……。高級クッションみたいだわ。
ガンッと勢いよく小屋の扉が開かれた。
それと同時に脆く建て付けられていた扉が壊れてしまった。
「いつまで寝てるんだ」
陽光をバックにつけて、ヴィクターが仁王立ちで立っている。
誰か夢だと言って。気だるい朝に面倒くさい人物、これぞ泣きっ面に蜂だ。
「……きっと夢だわ」
私は小さくそう呟いて、もう一度寝る体勢に入ろうとする。
「夢じゃねえよ。もう充分休憩したろ。それに、お前は今日でこの小屋とはお別れだ」
「まだあの話しているんですか。私、王子と一緒に寝たくないです。というか、その扉ちゃんと直してください」
ヴィクターが扉を蹴って開けたせいで、とても無惨な姿になっている。
「お前本当に変わってんな。普通なら泣いて喜ぶぞ。こんな小屋より俺の部屋の方がよっぽど寝やすいぞ」
本当に不思議そうな表情を浮かべながらヴィクターは私の方を見つめる。
「普通じゃなくてすみません。けど、私は王子の部屋よりもこの小屋の方が魅力的なんです」
「理解出来ねえ……。まぁ、もうお前が何を言っても無駄だ。昨日もこの小屋で寝させてやったんだ。もういいだろ」
……どうしてこんなことになったのかしら。
私はため息をついて、自信満々なヴィクターに視線を向けた。
これだけは何としてもデューク様の耳に入れないでおきましょ……。




