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「脳みそ腐ったの?」
あ、声に出してしまったわ。
だって、急にとんでもないことを言い出すんだもの。この国の王子はどんな思考回路をしているのよ。
「失言だったかしら」
マリウス隊長達は慌てた様子で私の方を見たが、私は余裕の笑みで続けてそう言った。
悪女上級者として、こんなところで焦らないわ。
……というか、彼は自分の言ったことの意味を分かっているのかしら。いくらヴィクターを守る護衛だとしても女だと分かっている人物と同じ部屋で寝るなんて。
もはや脳みそ腐ったんじゃなくて、脳みそなくなったんじゃないかしら……。
「お前今すっげえ失礼なこと考えているだろ」
「いえ、全く」
「まぁ、お前が何を考えていようと、俺の部屋で寝ることは決定事項だからな」
「その意味がよく分からないのですが……」
デューク様と一緒の部屋で寝ていたってことが学園内に広まった時も大変だったのに、今度はラヴァール国の王子ともって。…………ん?
もしかして、私、一国の王子をたぶらかすとんでもない悪女になっているってことかしら。
色々な男を誘惑している悪女!? いや、誘惑されているのは私か。
「一種の監視だ」
「監視?」
「お前、本当に自分の立場分かっていないだろ。お前はただの兵じゃないんだ。要注意人物だってことを自覚しろ」
「え、私、そんな人物だったんですか?」
まさか、私の知らないうちにそんな風に思われていたなんて。
「お前なぁ」
ヴィクターは盛大にため息をついて、頭を押さえている。
「お前の存在は危険そのものだろ。こんなガキ、そんなにごろごろいてたまるかよ」
危険そのもの……。なんて素敵な響きなのかしら!
これぞ私が求めていた悪女だわ。危険人物として認定されているなんてついに偉業を成し遂げた気分よ。
「きっと、誉めてねえぞ」
マリウス隊長が後ろで小声でそう言ったのが聞こえた。
「この俺様が直々にお前のことを監視してやるんだよ。有難く思え」
上から目線なのが気に入らないけれど、監視役しかしたことないから、監視されるのって悪くないかもしれないわ。
だって、悪女は常に監視されているものだもの。
「私を監視したところで私のことを知れるとは思えませんけど」
「それはどうかな」
何よ、その挑発するような目は……。
というか、もう既にヴィクターは私のことを結構見抜いている気がするのだけれど。
「後、この先もし私が女だと世間にバレた場合、大変なのは王子ですよ? 王子の婚約者に殺されるなんて絶対に嫌ですよ」
「安心しろ。どの婚約も全部断っている。どの女も興味がない。まぁ、もしお前と変な噂になっても俺は別に困らないからな」
いや、そこは困って。
「私は困ります」
「意中の男でもいるのか?」
どうしてヴィクターはそんなに私の心を覗きたがるのよ。
意中の人か……。デューク様の名前なんて出したら、戦争になりかねない。今はヴィクターに忠誠を誓っている身だもの。
「さぁ、どうでしょう」
私は誤魔化すようにして、小さく笑みを浮かべた。




