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家に帰り、図書室に籠りながら、今日の出来事を思い出す。
女として戦うキャザー・リズの表情が頭から離れない。本の内容が全く頭に入ってこない。
彼女の価値観は僕とは全く違うものだし、理解出来ない。聞いていて腹が立つことばかりなのに、デュークの件だけは同情してしまう。
キャザー・リズは自分を理解してもらえる人間を周りに沢山置くことで承認欲求が満たされていたのかもしれない。そして、自分が正しいと思いたかったのだろう。
だって、好きな人にあんなに見向きもされてないってかなり辛いだろう。アリシアがキャザー・リズのせいで死にかけたのは絶対に許せないけど、少しだけ彼女のことが分かった気がする。
初めてキャザー・リズを人間らしいと思った。
「彼女を利用できるか否かはデュークにかかってるってことか」
僕はそっと本を閉じる。
それと同時に誰か部屋の中に入ってくるのが分かった。
「アーノルド、早く用件だけを話してくれ」
……この声って、ゲイルの父親?
声がした方に目を向ける。灰色の髪に、眼鏡をかけた不機嫌そうな人物。間違いなくゲイルの父親ジョアンだ。
「少し待ってくれ。これを見て欲しいんだ」
そう言って、アーノルドは本棚を少しの間見渡し、一つの本を手にする。
金色の刺繍でデザインされた古い本。あの本はまだ読んだことがない。
アーノルドはフッと本に息を吹く。埃が盛大に舞う。
ジョアンは怪訝な表情を浮かべたまま「何の本だ?」と声を発する。
僕も目を凝らしながら必死に本を見つめる。
「アルバートに言われたことを今更になって思い出したんだ」
「だから、一体何の話をしてるんだ?」
「アリシアが変わった日の前夜に、真っ黒い薔薇が咲いたんだ」
「真っ黒い?」
「お前も聞いたことがあるだろう。国の命運を握る人物が生まれた瞬間に咲くと言われている花だ」
「ああ。特殊な色の薔薇の花が一輪咲くってやつだろう。確か、聖女が生まれた時は輝いた金色の薔薇が咲いたな」
「平民だったから、見つけるのに少し手こずったけどな。……聖女にばかり焦点を置いていて、すっかり忘れていた」
アーノルドの言葉にジョアンは更に難しい表情を浮かべた。
それ以上考え込むと、顔の皺が増えちゃうよ。
……それにしても、国の命運を握る人間が二人もいるってとんでもないニュースだ。
国の超極秘情報を聞いて大丈夫かな。僕、消されたりしないよね?
「それに、覚えているか? 王子が誕生した日も青く美しい薔薇が咲いたんだ」
あ、三人に変わった。
ジョアンの言葉に僕は頭をフル回転させる。
青い薔薇って、奇跡って意味だったような気がする。黒い薔薇は、永遠。そして、金色の薔薇は嫉妬。
まぁ、ただの花言葉だけど……。
そう思ったら、最もこの国の命運を握っているのはやっぱりデュークだよね。