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どこかキャザー・リズが余裕なく見える。
……どうしたら、魅惑の魔法を解くことが出来るのだろう。強い信念や意思以外で解くことは出来ないのかな。
彼女を信じ切っている生徒たちが自ら悟ることなんて無理だろう。自分の信じている価値観に疑問を抱くのは難しい。
「どこまでいったら満足するの?」
僕がそう言うと、彼女の表情が変わった。穏やかな雰囲気が一切ない。
「私は、ただ……」
キャザー・リズは言葉を詰まらせる。
「ただ、何?」
「私は、……ただデュークが好きなのよ」
今までに見たことがないくらい寂しそうな表情で彼女は弱々しくそう呟いた。
キャザー・リズのその表情に僕は言葉を失った。本気で恋をしている女の表情だ。
「デュークがアリシアちゃんのことを好きなのは百も承知よ。国外追放を止めなかったのは、これ以上デュークの傍に居て欲しくないって思ってしまったの。……それでも彼の心は彼女のものなのだけど」
ああ、そうか。キャザー・リズはただ恋をしているだけなんだ。
嫉妬と向き合いながら、必死に戦っている。彼女は沢山の人間に好かれているのに、ずっとデュークだけを一途に思ってきたんだ。
きっと彼女の目にはデュークだけ特別キラキラして見えるのだろう。リズ信者がリズを盲目的に愛するように、リズはデュークを盲目的に愛してるんだ。
だから、聖女と言われる彼女が、心のどこかでアリシアを嫌っていて、それが魔法に反映してるのかもしれない。まぁ、これは僕の想像だけど……。
「自分が汚いって分かっているわ。デュークの幸せを願っているなんて思っても、どこかで私と一緒に幸せになって欲しいって願っている。どうして、私じゃダメなんだろうって。アリシアちゃんよりも私の方がずっとずっとデュークを想っているのに……。どれだけ想っていても、報われることがないって分かっているわ。だけど、必死に自分に言い聞かせてきたの、努力すれば必ず報われるって。そうしないとやってけないじゃない。だって、簡単に好きって気持ちを失くすことなんて出来ないでしょ?」
助けを求めるように大きな瞳に涙を浮かべながら僕の方を見る。
初めてキャザー・リズの本音を聞けたような気がする。彼女が一番なりたかった人物はアリシアだったんだ。
僕は何も言えなかった。ただ、キャザー・リズの話を聞くことしか出来なかった。
「カーティスに、アリシアちゃんには敵わないって言われたことがあったわ。超えられないって。けど、そんなの悔しいじゃない。これは女としてのプライドの戦いなのよ。だから、アリシアちゃんが国外追放となった今、少しぐらい私のターンが来てもいいでしょ? だって、あの子はまたここに帰って来るんだもの」
「アリシアよりも早くに出会っていたかったって思った?」
間抜けな質問だと分かっていても、今の僕にはそれぐらいしか聞けない。
キャザー・リズは首を横に振る。
「どのみち、デュークは彼女に惚れているわ。……だから、アリシアちゃんが羨ましくてしょうがないの。デュークに好かれるなんて、最高の贅沢じゃない」
彼女は切なそうに、笑みを浮かべる。
乙女心というものがよく分からない。けど、それでも今のキャザー・リズの気持ちは少しは理解出来る。
僕ももし、アリシアと同い年でデュークよりも早く彼女に出会っていたら、今の関係じゃなかったのかもしれないと考えたことがある。
本人の幸せを願って見守ることがどれほど心が締め付けられるか知っている。……まぁ、僕はもう吹っ切れたけど。
それでもキャザー・リズはずっとデュークを想い続けているのだ。どれだけ脈がないと分かっていても。
デュークの中に爪痕を残そうと必死なんだ。
…………僕らにとったらそれがとんでもなく迷惑なんだけどね。




