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僕は何も言わず、黙って彼女の話を聞いていた。
「私の場合は、デュークに助けられたの。いじめられて平気なわけじゃなかった。毎日苦しかったし、辛かったわ。けど、デュークや、生徒会の皆は私に手を差し伸べてくれたの」
なんか話が脚色されているような気もするけど、実際そこに僕がいたわけじゃないし、口を出さないでおこう。
「それから、私は自分を取り戻したの。デュークは人気者だったから、更にそこに僻んでくる人達もいたのだけど、知らないふりをしたの。むしろ、彼女達と仲良くなろうって歩み寄ったわ」
それって、火に油注ぐようなものじゃない?
「そしたら、彼女達も私のことを少しずつ分かってくれたの」
流石、魅惑の魔法! とんでもない威力だな。
「だからね、お互いを知るってことは本当に大切なことだと思うわ。理解し合えたら、争いなんておきないもの。お互いの考えを尊重し合い、譲り合えば素晴らしい世界が築き上げられると思うの」
……一体何の話をしてるんだ?
話がどんどん変わっていくな。最終的には世界平和の話になったし。話の内容がびっくりするくらい薄っぺらい。
「つまり譲歩しろってこと?」
「ええ。そういうことになるかしら」
僕は色々言いたい気持ちをグッと我慢する。
まず、一度は相手の考えを認めるんだ。アリシアならきっとそうするはずだ。
スッと軽く息を吸って、エメラルドグリーンの瞳を見据えた。
「確かに全人類がそれを出来たら、理想の世界になるだろうね。けど譲歩できないことも沢山ある。人はそれぞれ自分の考え方にプライドを持って生きているんだ。簡単に言えば、宗教みたいなものだよ。信じすぎてしまっていると、盲目的になり、それ以外の考えを否定する傾向にある。キャザー・リズ、君の考えを尊重している人間は多い。だが、多数派が正しいとは限らない。君が思っている正義を僕らに浸透させようとしている時点で理解し合うということは不可能なんだよ」
キャザー・リズの言っていることと実際に学園内で行われていることは真逆だ。
「それって、まるで私が皆に自分の価値観を押し付けているみたいに聞こえるわ」
眉間に皺を寄せながら、彼女はそう答える。透き通った声が耳に響く。
「違うの?」
「違うわ。私はそんな洗脳的なことは嫌いよ」
「無自覚って怖いね」
「どういうこと?」
彼女は怪訝な表情で僕を見る。キャザー・リズのこういう表情は珍しい。
「それなら、ジル君が尊敬しているアリシアちゃんはどうなの? 彼女の方が自分の価値観を相手に植え付けようとしているわ」
そりゃ、アリシアはキャザー・リズの監視役だからね。過度に意見を言わないと、君は気付かないでしょ。
「そもそも、なんでいじめてた奴らは非難の目を向けられないかが分からない。どうしてそんな奴らとも仲良くしてるの? ……それって、お人好しなんかじゃなくて馬鹿って言うんだよ」
「分かり合えたのよ!」
僕の言葉に腹が立ったのか、彼女はいつもより強い口調でそう言った。
分かり合う、キャザー・リズが使うとなんだか胡散臭い言葉のように感じる。




