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「アリシアが聖女認定されたってことは、この国には二人の聖女がいるってことだよな」
ヘンリの言葉にメルが小さく呟く。
「リズのことを聖女って思ってないけど」
キャザー・リズが聖女ということは公には発表されていないが、ほとんどの人間が察している。
けど、なんで発表されていなかったんだろう。それが不思議だ。誰がどう見てもキャザー・リズは聖女なのに……。
国の機密情報……ってわけでもなさそうだし。それなら、アリシアの方を秘密にしておきたい。
デュークと目が合う。
……嘘だろ。
「もしかして、この日が来るまでずっと」
「そうだ。いくら周りが騒いだとしても国王から彼女が聖女だということは国に発表しなかった」
僕が言い終える前に、デュークが話し始める。
「リズが聖女なのは確かだったからな。全てが異質だ。見ていて面白い。……が、アリシアはもっと面白い。天才が並みならぬ努力をして、嫌われ役に徹してるんだ」
「最初から何が何でもアリアリを聖女認定させる予定だったもんね~」
デュークの後にメルが弾んだ声でそう言った。
彼が計算高い人間だっていうことは分かってたけど、ここまで計画済みだったとは……。僕ら全員、デュークの掌で転がされてるみたい。
「まぁ、この国にいるはずの聖女が一人旅立っちゃったけどね」
僕は遠くを見つめながらそう言った。
「ろくでもない方が残るなんて」
メルはため息をつく。
「あの力を利用できるって考えたら、ろくでもなくないんじゃない?」
僕がそう言うと、全員が驚いた表情を浮かべた。珍しい動物を発見したかのように見られている。
「な、何?」
「ジルがリズを悪く言っていないから」
ヘンリがそう言うと、デュークもメルも頷いた。
「僕そこまで酷い人間じゃないよ。…………前までそんなに悪く言ってた?」
「「「うん」」」
三人の言葉が同時に重なる。
……今でも嫌いなはずなんだけど。どうしてだろう。アリシアの言われた通り、客観的に物事が見れるようになったのかな。それとも、リズに対しての偏見が少しなくなりはじめているのかもしれない。
「前はリズを見ただけで殺気が凄かったからな」
「そうだったっけ?」
「今にも殺しそうな目で見てたよ! あの時、最高に興奮しちゃった」
「ただの変態じゃん」
「殺さなくて良かったな」
「僕を何だと思ってるの」
ヘンリとメルとデュークからの言葉で自分が変化したことを理解する。
これが良い変化なのか悪い変化なのかは分からない。ただ、前に彼女と話して少しキャザー・リズのことが分かったような気がする。
彼女はそこまで悪い人間じゃない。悪意のない世間知らずな子だ。
「ねぇ、もしかして、ジルってリズの魔法に……」
「ああ、俺が見た時は、彼女と二人っきりだったからな」
「けど、ジルがアリシアを思う気持ちはとても強いはずだろ」
「だから軽度なのかも。だって、魔力なしであのバケモノ級魔力を持ったリズと対面してるんだよ?」
「とにかくもう少し様子を見よう」
デュークの声でハッと我に返る。三人が何かを小さな声で話していたが、リズの事を考えていて聞いていなかった。
様子って何の様子だろう……。キャザー・リズの様子かな。
僕も気を引き締めて、彼女のことを観察しておこう。




