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ヴィクターは目の前で優雅にお酒を飲んでいる。おじい様達は温かい珈琲を頼んでいた。
何とかあの人だかりから逃げて来れた。ニール副隊長が助け船を出してくれて、あの場を切り抜けることが出来た。
色んな人達に一気にあれこれ質問されて大変だった。あれは聖徳太子もお手上げよ。
「遅かったな」
私と目を合わすことなくヴィクターはそう言った。
マリウス隊長達は「申し訳ございません」と頭を下げる。私はじっくりと今自分のいる場所を観察する。
さっきマリウス隊長が、この場所は王子の行きつけの場所って言っていたけど……とてもそんな風に見えない。
お店に入った時に、マリウス隊長達の顔パスで二階に上がらせてもらったけど、店全体は民衆の味方のような内装をしている。
電球は明るいとは言えないし、少し古臭い木材で出来ていて、人も少なかった。店主も強面で寡黙な人だったし。……なんだか隠れ家みたい。
「何を考えているんだ?」
ヴィクターは探るように私を見つめる。
「なんだか不思議な場所だなって」
「俺に似合わないって?」
……ヴィクターはエスパーなの?
「ここは静かだし、誰にも邪魔されない」
ヴィクターは続けてそう言った。
何となく分かる気がする。がっつり装飾されているあの厳格なお城よりこっちの方が落ち着く。
「飲むか?」
「お断りします」
私の返答にその場に緊張感が走る。おじい様方達だけが余裕のある表情でコーヒーを飲んでいる。
ヴィクターの機嫌を損ねたのだとニール副隊長が私に強い口調で注意する。
「断るなんて失礼だぞ」
「気を抜くわけにはいかないので。常に頭が冴えた状態でいたいんです」
「この場所は安全だ。それに、少しくらいの息抜き」
「忘れましたか? 私はついこの間まで奴隷同然だったんです。自分の身は自分で守らないといけない。外出中は危険と隣り合わせなんで」
満面の笑みで答える私に、ニール副隊長は口を閉じる。
「王子は酔わないんですか?」
「酔いたくても酔えない」
私の質問にヴィクターは短くそう答えた。
正直、飲んでも戦えるぐらいの自我はあるだろうけど、なんたってこの国のお酒が自分にどんな影響を与えるか分からないうちは人前で飲まない方がいい。ましてやヴィクターの前では。
うっかり何か言ってしまったら大変だもの。
「強要はしない。好きなものを頼め」
王子はそう言って、私に小さなメニューを渡した。
珈琲とお酒の二択。紅茶を頼もうと思っていたのに……。
なんて飲み物の種類がないお店なのかしら。これでよく回っているわね。
マリウス隊長とケレスはお酒を頼んで、ニール副隊長と私は珈琲を頼んだ。
「さっきの話の続きだが、お前が作る隊のメンバーは一体どうするんだ。どこから人材を選出する?」
ヴィクターはグラスいっぱいに入ったお酒をグイッと飲み、机に少し乱暴に置く。
「そのメンバーは私が直接探すので心配無用です」
「一人ずつ探すのか?」
「はい。自分の目で見極めます」
「よくそんな面倒なことしようと思うな。俺の隊から欲しい奴がいればもっていけと言おうと思ったんだけどな。それに、ガキの隊に入りたいと思うやつなんて弱っちい奴ばっかじゃねえのか? へっぽこ部隊でも作ろうとしてるのか?」
この王子はどうしてこうも煽るのが上手いのかしら。……けど、乙女ゲームの世界ではこういう人間がメインの攻略対象者になったりするのよね。
「逆です」
「あ?」
私の言葉にヴィクターは顔をしかめた。
「私の隊に入隊なんて世界で一番難しいと思って欲しいです。これから嫌でも思い知ることになりますよ、私の隊にはいることが最も光栄であるということを」
私は笑顔を崩さずに声を発した。




