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「は?」
私の言葉にヴィクターは怪訝な表情を浮かべる。
「で、何をしてくれるんですか? 私の秘密を話したのだから、それ相応のことはしてくれますよね?」
「お前、俺を誰だと思ってるんだ?」
「ラヴァール国の王子です。……なので、出来ない事なんてないですよね?」
いつも煽られているのだもの。今度は私が煽る側よ。
呆気に取られている王子の様子を見て、おじい様は笑いを堪えている。
「殿下になんて口のきき方してるんだ」
ニール副隊長が少し慌てた様子で口を挟む。
「確かに私達はヴィクター王子に忠誠を誓っているけど、私を失って困るのは王子の方では?」
私はヴィクターを試すように見つめる。こんな態度をとる兵士などいないだろう。
けど、私には価値がある。自惚れなんかじゃない。ウィリアムズ・アリシアとして恥じないように鍛錬を積んできたのだもの。多少の自由な発言は許されるはずよ。
突然、ヴィクターは大きく声を上げて笑い出した。
「王子がこんな笑い方するの超レアだよな」
「リアと一緒にいると色々な王子の顔が見れますね」
マリウス隊長とケレスが小声で話しているのが聴こえる。
「本当、親父もとんでもないもの拾ったな」
ヴィクターは目に涙を浮かべながら笑いを抑えようとしている。
褒められているのか、馬鹿にされているのか……。ヴィクターが私を褒めるなんてありえないから、きっと後者ね。
「確かに今の俺にはお前が必要だ。こんなに役に立つ人間を手放せるわけがない。……そんな態度を取れる人間はじじい三人組かガキぐらいだ」
「「「「おい」」」」
私とおじい様達の声が見事に重なった。言葉遣いを直さないといけないのは、ヴィクターの方だ。
「それで、お嬢様は一体何がお望みなんだ?」
本、と言いかけたが、口を閉じる。
私を教育して下さる人達がいるのだもの。わざわざ本を選ばなくても……。だとしたら、剣?
けど、交渉する相手は王子よ。もっと利益になるような……そうだわ!
「私が率いることが出来る隊を作りたいです」
「…………は?」
私の返答にヴィクターは思い切り眉をひそめる。
「つまり、俺の立場が欲しいってことか?」
「マリウス隊長の座なんて狙ってませんよ」
「良いことのはずなのに、失礼に聞こえるのはなんでだろう」
横でケレスが呟く。ヴィクターは険しい表情を浮かべ、口を開いた。
「ダメだ。お前が兄貴に寝返る可能性がないわけではない今、そう簡単に作ってもいいとは言えない」
それもそうよね。……けど、私もここで折れるわけにはいかないの。
私は最高の笑顔を作る。今まで悪女の笑みを研究しては実践してきたのよ。何を言われても乱れないわ。
「部隊を作っていないとしても、私が第一王子に寝返った時点でヴィクター様は大変不利になります。そもそも私、どちらの味方でもないですし……」
「なんだと」
「恩があるのは国王陛下です」
「さっき、俺に忠誠を誓っていると言っていただろ」
「申し訳ございません。私の言い方が悪かったです。ヴィクター様にも誓っています、という意味です」
ヴィクターは固まったまま、何も言い返さない。
おじい様だけでなくケイト様とマーク様も笑いを必死に堪えている。口を手で押さえているけど、しっかり肩が震えている。
王子、私にしてやられたり!




