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暫く走っていると賑わっている街が見えてきた。活気ある様子が伝わってくる。
デュルキス国よりも断然大きい。傍から見ているだけでも簡単に迷子になりそうね。
「ガキも酒が飲める歳だ。行くぞ」
ヴィクターの言葉に全員が手綱を握る。
……あら、私、お酒デビューここでしちゃうの? それに、また私走らされるの?
「良かったな。誕生日を王子直々に祝って貰えるなんて光栄だぞ」
ケレスが私の方を見ながら小声でそう言った。
本当にそうね。病み上がりで全力疾走させられるなんて、素敵なプレゼント。
私、仮にも女だってこと忘れられてない? お酒よりも本よ! それか剣よ!
全く女心が分かってないわね。ラヴァール国の王子ならよく切れる鋭い剣かこの国の歴史書ぐらいは簡単に手に入るでしょ。
ふと、おじい様と目が合う。
……あ、すっかり忘れていたわ。おじい様三人衆が私の教師になってくれるんだった。
とてつもなく価値のある誕生日プレゼント頂いていたわ。
「表情がころころ変わるな。考えていることが何か分からんが、変なおん」
ニール副隊長が最後まで言い終える前に口を閉じる。
……おん?
「音楽を奏でてるみたいだな」
「は?」
思わず声に出してしまった。私の表情もきっと酷いだろう。とても上司に向ける顔とは思えない。
「そんなに表情が変わるから、まるで何か愉快な音楽を奏でているみたいだなって」
「いつからそんな詩的表現をするようになったんですか」
私の睨みにニール副隊長は少し慌てた様子を見せたが、すぐに小さく咳ばらいをして無表情になる。
ケレスを含めてさっきから何をそんなに言い間違えているの? 怪しすぎるわ。
おん、おん、オンパレード、音域、オンエア、……温泉!? そんなわけない。ここに温泉があったら確かに最高だけど、それはただの私の願望だし。
「おん、おん……な」
もしかして私が女だってことバレた!? 昨日の夜の記憶がないもの。
私の呟きに全員が固まる。一呼吸置いた後に、ヴィクターは盛大にため息をついた。
彼のため息にニール副隊長とケレスが体をビクッと震わせる。何をそんなに怯えているのよ。たかがヴィクターよ。
「こいつらが隠せるとは思ってなかったけど、まさかここまで酷いとはな」
「同感です」
マリウス隊長は大きく首を縦に振る。
正直、この中で一番ボロが出そうなのマリウス隊長だと思っていたわ。今日中に貴方も絶対口を滑らしてたでしょ。
「まぁ、いつまでも隠しておくようなことでも無いからな。……おい、ガキ」
ヴィクターは私の方に視線を向ける。彼の黄緑色の瞳に私が映る。
「お前が女だってことこいつらに言った」
悪びれる様子もなく、彼は堂々とした態度で言葉を発した。
……何だろう。死守しなければならない秘密じゃなかったけど、こんな風に言われると腹が立つ。
どうして王子が私の秘密をペラペラ話してるのよ、とか、もっと申し訳なさそうに言いなさいよ、とか。色々言いたいことがあるけど、その気持ちをグッと抑える。
そっちがその態度だったら、こっちにも考えがあるわよ。令嬢ってことは言っていないようだけど、私が今まで培ってきた悪女スキルを見せてあげるわ。
「はい。……で?」
私は満面の笑みを彼に向けた。




