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「けど、あんな些細なこと、関係ないはずだけど……」
眉間に皺を寄せながら小さな声で呟く彼に対して、僕は「教えて」とたのむ。アルバートは話しを続けた。
「アリシアが侍女に対して高慢な態度をとり、自分勝手でいつも周りに迷惑をかけてばかりいた頃に花が咲いたんだ」
…………ん!?
「えっと花?」
「そうだ、花だ」
彼はいたって真面目な口調でそう言う。
どうしよう、アルバートが言っている意味を、全く理解できない。僕の勉強不足?
「本当に些細なことだね」
精一杯考えて出た言葉がこれだった。
「それが、真っ黒な薔薇だったんだ。突然変異かと思って特に気にも留めてなかったけど、月明かりに照らされたあの幻想的な薔薇は本当に綺麗だった」
これはちょっと話が変わってくる。ただのファンタジックな話じゃなさそうだ。
真っ黒な薔薇……。僕も今まで見たことがない。
「そのバラがどうやって出来たかって解明しなかったの?」
「ああ。誰も調べなかった。それに、夜に咲いて朝には枯れていたんだ。今思えば、あれが何か関係あったのかもしれない」
「確かに薔薇が咲いただけで、人が変わるとは思えないもんね」
「今からでも調べてみる価値はありそうだね」
無意識に口の端が上がる。
彼女はやっぱり特別な女の子だ。僕はそう確信した。
聖女は国に一人で十分だ。大国でもないデュルキス国に二人も存在するなんて……。
一体何がそうさせたのだろう。やっぱり、アリシアとリズでバランスがとれているのか?
僕一人の力じゃ、何も分からなさそうだ。デュークに聞いてみよう。
「急に別人になって気持ち悪いとは思わなかったの?」
「全く。ただ驚いただけだ。性格が変わったとしても僕の妹であることは変わらない。アリシアをどんな形であってもこの家にもう一度取り戻してみせる」
アルバートは、力強くそう言った。
あ、それはやめてあげて。あんなにもルンルンで国外追放されたのに、すぐに戻らされたら怒りそう。
僕もアリシアには今すぐ会いたいけど、彼女の邪魔はしたくない。
「彼女は自力で帰って来れると思うよ」
「見知らぬ土地で一人だぞ? しかもあの子は貴族の暮らしをしてきたんだ……」
「そんな顔しなくて大丈夫だよ。だってアリシアだよ? 強く美しい花は誰もが欲する。彼女を手に入れたいと思う人間は沢山いるよ」
彼女がラヴァール国で野垂れ死にするとは思えない。というか、そんなことは絶対にありえない。
もしかしたら、今、とてつもなく辛い思いをしているかもしれない。僕がいうのもなんだけど、アリシアもまだ子どもだ。表に出さないだけで、泣きたいと思う時もあるのかもしれない。
それでも、彼女なら前を向いて進んでいく。アリシアがアリシアという人格を失わない限り、彼女は大丈夫だ。
彼女の場合、歩いて進んで行くんじゃなくて突っ走ってそうだけど。
そんなことを想像すると、自然と笑みがこぼれた。