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アルバートの優しさに、少し不安になる。
いつか僕のことが、鬱陶しくなるかもしれない。また捨てられるかもしれない。
「こんなに沢山、我儘なことを言ってもいいの?」
いつも顔を作ってきたのに、今は不安な表情を隠しきれなかった。それぐらい僕は切羽詰まっていたのかもしれない。
自分の弱さを決して見せてはいけないと思っていた。アリシアの傍に居るためには強くなければならない。だから、どんな状況下であっても焦ったり怯えたりすることなく背筋を伸ばさないといけない。
これは彼女を見て、学んだことだ。
アリシアはどんな逆境でも、可憐に佇んでいるんだ。むしろ、苦境の方が楽しそうな(いきいきした)表情をしている。アリシアがいれば負けるはずがない。彼女を見ているとそう思えてくる。
そんな彼女に憧れているけど、やっぱりたまに臆病になる。
強がっていても、つい人の顔色をうかがってしまうし、僅かな表情の変化に敏感だ。やっぱりアリシアはアリシアで、僕は僕なんだ。
僕は今でも、弱くてちっぽけなままなんだ。
「幼少期のアリシアの我儘に比べたら可愛いものだよ。それに、彼女は特別だ。アリシアが俺に甘えられなくなったのは、俺の責任だし。せめてジルは子どもらしくいていいんだ」
さっきの僕の質問に彼はフッと口元を緩めて、柔らかな声でそう言った。
「え、アリシアって我儘だったの?」
「ああ。そりゃ、もうさっきの要求の数十倍は毎日のように言っていたぞ」
信じられない。あのアリシアがそんなことを言っているのが想像できない。
……昔の方が悪女じゃん。
「けど、ある日何故か突然人が変わったんだ。突然本を読むようになって、剣術も習いたいって言い始めて……。一体何が彼女をそんな風にさせたのか、未だに分からないけど」
「何か大きなきっかけがあったのかな」
「それが特にないんだ。本当に突然だった。本気でアリシアを見かぎりかけた時だったけど……。もしかしたら彼女はそれを察したのかもしれない」
アルバートが真剣な表情でそう言う。
アリシアがそこまで我儘だったなんて、僕に気を遣って話を盛っていたのだと思っていたけど、どうやら本当のようだ。
変わりたいと思うことは、簡単に出来る。だが、人はそう簡単に変わらない。記憶喪失にでもならない限り人格は変わらないだろう。
「未だに解明されていない謎の一つだ。この国は社交界デビューがないから、アリシアが我儘だったことを知っているのは、この家の者ぐらいだ」
「大貴族の中で唯一令嬢であるアリシア……。もしかしたら、最初から全部演技だったのかも」
「どういうことだ?」
アルバートは首を傾げる。
「もし聖女が現れなければ、デュークの結婚相手はアリシアになっていたはずだ。だから、わざと嫌われるようなことをしていたとか?」
「じゃあ、なんでいきなり演技を止めたんだ?」
確かに。演技を止める理由がない。強いて言うなら、アルバート達に愛想尽かされそうになったのを察したから。
けど、これで彼女が計画を変更するとは思えない。
「そう言えば、アリシアが変わる前日に少し変わったことがあったんだ」
アルバートは昔のことを必死に思い出すようにして口を開いた。




