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「ジルはとてもアリシアを慕っているんだな」
アルバートのその声は今までに聞いたことがないくらい優しい声だった。
「そして、その見た目からは到底想像できないような賢い発言をよくする。……アリシアに似ているな」
僕にとってそれは最高の誉め言葉だった。
アリシアに似ている。それを彼女の実の兄から言われるなんて、とても光栄だ。
「俺は一生償っても彼女に許されることはないと思っている」
なんて寂しそうな表情をするんだろう。
それに、アリシアはアルバートのことを少しも恨んでいない。キャザー・リズ側であったとしても、兄のことは好いていた。
「……アルバートはアリシアのことは好き?」
彼は僕の質問に一呼吸置いてから柔らかい表情で口を開いた。
「ずっと俺の愛しい妹だ」
「そう思ってるのなら、大丈夫だよ」
色々なことがあったけど、彼を責めることなんて出来なかった。
……なんか僕も丸くなったよね。歳かな。
「あ、そうだ」
僕はハッと思い出したように声を出す。
「どうしたんだ?」
「年取るんだ。僕、明後日で十二歳だ」
「え!? それは盛大に祝わないとな。何が欲しい? 好物は?」
アルバートと距離は近くなったと思ったけど、いきなりぐいぐい来過ぎじゃない? まぁ、良いけど。
「というか、十二歳か。まだまだ子どもだな」
子ども。子どもじゃない。僕はもうかなり自立した大人だ。そこらの令息よりも地に足がついている。
「沢山甘えていいからな」
僕が言い返そうとした瞬間、彼は真っ直ぐ僕の目を見ながらそう言った。
同情で言っているのかと思ったけど、その深い紫色の瞳は本当に僕のことを大事に思ってくれているように思えた。
根っからのお兄ちゃん気質なんだろうな。
「じゃあ、新しい薬草の本が欲しい」
「分かった」
「拡大鏡も」
「十二歳と思えない欲しいものリストだな」
「お酒も飲みたい」
「それはもうちょっと年取らないとな」
まさか自分がアルバートにこんなにも色々なものを頼むとは思いもしなかった。
甘えることが出来る大人というのは彼みたいな人のことを言うのだろう。僕には今までそんな存在がいなかった。
デュークやアリシアでもなく、じっちゃんでもなく、自分の幼さを曝け出せることが出来る人物。
「ジル、子どもは子どもらしくしていて良いんだ。大人に甘えるものなんだ」
アルバートが僕に温かさを与えてくれる。なんて心地いいんだろう。
「たまに出てくるアップルパイが食べたい」
「ああ。いっぱい作らせよう」
「体力もないし、剣術の心得もない僕だけど、小さな剣が欲しい」
「一流の職人に作ってもらおう」
今までの思いを全て吐き出す。まさか彼にこんな姿を見せるとは思わなかった。
「あと、アリシアに会いたい」
自分の声が少し震えたのが分かった。
あまり口に出してこなかったし、言ってはいけないことだと思っていた。
彼女がこの国を出て行ってからそれを思わない時はない。いつも僕の隣にいたアリシアが突然いなくなった。前みたいに、小屋に籠っているわけじゃない。僕の手の届かないところに行ってしまったんだ。
会いたい、と口に出しても周りを困らせるだけだ。だから、必死に気持ちを押し殺してきたのに……。
なんでアルバートの前だとどんどん気持ちが溢れてくるんだろう。
「俺も。アリシアに会いたい」
彼は静かにそう呟き、僕の頭を優しく撫でた。




