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僕はいつもアリシアに守られてばかりだ。
自分のベッドに仰向けになりながら、彼女のことを考える。
アリシアが今ラヴァール国のどこで何をしているのか分からないけど、彼女が生きているということは分かる。
「……僕も何かしないと」
天井を見ながら、小さく呟く。
じっちゃんも、貧困村の皆もようやく解放されて、キャザー・リズとも接触したんだ。これからもっと気を引き締めないといけない。
彼女が無意識に魅惑の魔法を使っているのなら、そりゃ誰とでも話し合えば分かり合えると思う。彼女は今までの人生で上手くいかなかったことなんてないんだろうな。
武力なんて必要ないって考えになるのも無理はない。
そんなことを考えていると、コンコンッと誰かが僕の部屋をノックする音が響いた。体を起こし、扉の方に目を向ける。
……こんな夜遅くに誰だろう。
「どうぞ」
僕がそう答えたのと同時に扉が開く。
全く想像していなかった人物が僕の部屋に足を踏み入れる。
ヘンリかアーノルドかなって思ってたんだけど……。まさか長男が来るなんて。
アルバート。ヘンリやアランとよく似ているが、彼らよりも少し背が高く大人びて見える。
ついこないだまでキャザー・リズ側だった人間が一体僕に何の用だろう。それに、彼とも今まで一対一で話したことはない。
そう言えば、アリシアに剣術を教えたのはアルバートだったんだっけ?
彼は申し訳なさそうに僕の方を見つめている。
「何?」
「……すまなかった」
彼はそう言って、少し頭を下げる。予想外の彼の行動に僕は言葉を失う。
何がどうなってるんだ。なんでいきなりアルバートが僕に謝ってるんだろう。
誰かに脅されたとか?
アルバートのことが嫌いだったはずなのに、なんだか悪態をつく気になれない。
「えっと、なんで謝られているのか分からないんだけど」
「アリシアの言っていることはやや厳しい言い方ではあったがもっともだった」
今思えば、アリシアが国外追放になった時ぐらいからアルバートの様子が少しずつ変わってはいた。
アリシアがいなくなったのと同時にキャザー・リズへ向ける視線に小さな疑いが加わった。
ぶつかることが多かったと言えども、実の妹だ。まだ彼女が完全に悪ではないと思いたかったのだろう。
強い魔力を保持してる大貴族だ。聖女の魔法が絶大なものであっても抵抗は出来るだろう。
「謝る相手は僕じゃなくてアリシアだよ」
「ああ。だが、君にも嫌な思いをさせていたことは確かだ」
「お互い様でしょ。それに僕も身分をわきまえないで、貴族に対してかなり酷い態度だったと思うし。ましてや貧困村出身の奴がいきなり出てきて目障りだったのは自覚してる」
「ん? それは全く気にしてないぞ」
僕の言葉にアルバートは軽く首を傾げる。
……アリシアと似たものを感じる。流石兄妹。
大貴族なら僕の存在を毛嫌いしていておかしくないのに。
「以前はリズを愛していたが故に彼女以外のことが全て間違っていると思えていたんだ。君やアリシアがどんな発言をしても全て否定していた。本当に申し訳ない。未だにどうしてあそこまでむきになっていたのかよく分からないんだ」
分かるよ。意思に反して脳がいうこと聞かなくなるんだ。これは僕も体験して初めてどういうものか分かった。
まぁ、それもしょうがない。彼女は特別な力を持った聖女なんだから。
「何かを信じて、意見が偏ってしまうことは僕も一緒だよ。アルバートにとってキャザー・リズが全てだったように、僕にとってアリシアは全てだから」
僕は彼女を思い出して少し表情を崩す。




