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貧困村の村人達が全員解放された。最初の一人以外、暴れる者は一人もいなかった。
……皆の雰囲気も随分と変わったな。アリシアが来る前の村じゃ考えられなかった。
彼らのことは徹底的にネイトが管理している。彼が隊長で安心だ。どうやらデュークも彼を信用しているようだし。
じっちゃんは王宮へ戻った。国王が彼の部屋を用意したみたいだ。デュークからその話を聞いた時のじっちゃんは泣きそうな表情だった。
元々あそこが家だもんね……。すぐに元の生活に慣れると思う。
今頃、国王と楽しく会話でもしてるのかな。
僕はぼんやりと想像しながら、学園の中庭で両手を空に伸ばし大きく伸びをする。
最近色々なことが起こり過ぎて、疲れた……。
アリシアが国外追放されたっていうのに、これしきのことで疲れていたらいけないのだろうけど。……でも、彼女のことだ。ラヴァール国でも楽しく過ごしてそうな気がする。
大貴族の令嬢なのに、彼女の環境適応能力は凄く高い。
本当に一体どんな壮絶な人生を送ってきたら、あんな成長をするのだろう。この学園に入ってから色々な令嬢を見てきているけれど、あんな令嬢はいない。
聡明で、少し変わった人は何人かいる。……でも、彼女は別格過ぎる。
令嬢で剣を振り回すなんて聞いたことないし、あそこまでの魔法レベルに達している人間もいない。
最初にとんでもなく大きな爆弾を投下されたら、小さな爆発には衝撃を感じなくなってしまう。
まぁ、僕にもようやく平和が訪れ…………たわけではなかった。
僕に向かって、真っ直ぐ彼女が歩いてくる。
「キャザー・リズ」
僕は気を引き締めて、彼女を見て小さく呟く。
まさか一対一で彼女と対峙する日が来るとは……。今まで誰かしら周りに人がいた。
……というか、彼女も一人なんて珍しいな。いつものメンバーはどこに行ったんだろう。
「ジル、くん」
初めて彼女に名前を呼ばれた気がする。僕はいつも彼女の名前を言っていたけど。
少しおどおどしている彼女を僕は睨む。彼女と仲良くするつもりなんて全くない。ましてや、僕は彼女が嫌いだ。
自分が直接被害に遭ったわけじゃないけど、今までのキャザー・リズの言動を見てきて、どうしても好きになれない。
「何?」
「……私のこと嫌い?」
エメラルドグリーンの瞳が僕を真っ直ぐ見つめる。気を抜いたら、その瞳に吸い込まれそうだ。
少し思考力が低下したのが分かる。
これが魅惑の魔法、か?
いざ、体験してみるとなかなかやっかいなものだな。彼女自体、相当な魔力の持ち主だ。よっぽど芯がない限り、大概の人間はこの魔法にかかってしまうだろう。
「嫌いだと問題があるの?」
「私、何か悪いことしたかな?」
「僕を懐柔しようとしてる?」
「まさか! 私はただジル君とお話して、もっとジル君の境遇を理解しようと思って」
僕が貧困村出身だということは、どこから漏れたのか分からないが、いつの間にか大きな噂になっていた。
正直、もっと早くにバレると思っていた。初期から怪しまれていたけど、案外隠し通せたな。
「同情?」
僕の言葉にキャザー・リズの表情が曇る。
親切心で言ったのかもしれないけど、今の僕にはもう誰かの助けはいらない。聖女様が現れる前に、(自称)悪女に助けてもらったからね。
それに、自分で言うのもなんだけど、僕は相当ひねくれている。信用している人間以外には僕は相当面倒くさい奴だ。
「あのね、私、本当に貧困村を救いたかったの」
彼女は少し目を潤ませながらそう言った。




