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「じゃあ、そろそろ準備するか」
デュークのその言葉に全員の顔が引き締まる。
ついに全員が貧困村から出ることが出来るのだ。この日を一体どれだけの人が待ち望んだのだろう。
太陽のある世界へ行ける。あの明るい希望に満ちた場所へ解き放たれるのだ。
レベッカの手が少し震えているのが分かる。
「なんだか、少し恐くなってきたわ」
「大丈夫だ」
ネイトはギュッとレベッカの手を握る。
……ん? え、そういうこと?
いや、今はそこに追及しないでおこう。あちこちの恋愛事情に首を突っ込んで(口を挟んで)いる暇はない。
デュークは霧の壁の方を向き、手をかざす。その瞬間、霧がスッと消える。ついさっきまであった壁はもうそこにはない。
「おおおお!」
誰かが叫びながら、思い切り壁の方に走り始める。
自由になれた喜びが抑えきれなかったのか、それとも王子の指示を拒絶し逃げ出したのか。
物凄い形相をした男はデュークに襲い掛かろうとする。
「あ~あ」
僕は彼を見ながら呟く。
パチンッとデュークが指を鳴らした瞬間、男はガクッと地面に倒れ込む。男は魔力で抑えられていて、立ち上がろうと足掻くができないようだ。
「ぐッ」
ネイトは「馬鹿が」と吐き捨てる。
「こいつのことを任せていいか?」
デュークはネイトに目を向ける。
「ああ、すまない。こっちで処理する。ジェット」
ネイトの声に、後ろにいた背の高い赤毛の男が応じる。ジェットはデュークの前で倒れている男を、軽々と持ちあげてネイトの近くまで運んだ。
凄い筋力……。成人男性を片手で持ち上げるなんて。
「大人しくしてろ」
ネイトが男を睨むと、男は何も言わずネイトから目を逸らす。
「いいか、お前ら、ここを出る前に決めただろ。変なことはするなって。それをしっかり守れ。俺が仕切るのが嫌だという奴は出てこい。相手になってやる」
ネイトは声を上げる。その声に全員が黙り込む。
緊迫した空気が満ちる。この中でネイトと戦おうと思う者はいない。
この貧困村で最も強いのがネイトだ。彼に立ち向かっても勝てないことは皆承知している。
てか、その彼と互角に戦ったアリシアって……やばくない?
僕はじっちゃんを見る。「アリシアはやばい」と言葉にしなくてもじっちゃんの目も同意していた。
ぶっ飛んだ人が周りに多すぎて、何が平凡なのか分からなくなる。
もしアリシアが大貴族の位を剥奪されたとしても、どこででも生きていけるだろう。平民になった方が、もっととんでもない成功を収めていくかもしれない。
僕がそんなことを考えているうちに、どんどん貧困村の村人達は外の世界へと向かって歩いていく。
「な、なんて新鮮な空気なのかしら」
「あの眩しいのは何?」
「タイヨウと呼ばれるものらしいぜ」
様々な声が耳に響く。皆それぞれ外の世界に感動している。
森の中は薄暗く不気味だが、微かに太陽が見える。そして、貧困村の籠った空気とは全く違い、外の世界の空気はとても澄んでいる。
嬉々とした声にじっちゃんは穏やかな笑みを浮かべる。
こんな所に閉じ込めたこの国が大嫌いだけど、それでも僕はこの国を愛してる。
言っていることが矛盾していることは分かっている。……言い方を変えると、僕はアリシアがいるからこの国が好きなのだ。




