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……本で読んだとは言えないわ。
だってお兄様は私が図書室へ行っている事を知らないんだもの。
「ええ」
私は一応肯定だけしておいた。
「どんな性質を持っているのか分かっているのかい?」
「チャドは幸せを感じると言われているセロトニンの放出を促進させます。つまり、心が苦しくなったり、精神が病んでいる方におすすめされることが多いのですわ」
私がチャドの性質について簡潔に説明するとポールさんは丸眼鏡と同じぐらい大きく目を開けた。
そんなに目を開くと目が飛び出てしまいますわよ。
それから、エリック様、口を大きく開けないでください。……阿保面になっていますわ。
ヘンリお兄様は私に慣れていたのかさほど驚いていないように見えますわね。
チャドの事を知っていてもその性質まで分かるなんて相当マニアックなのよね。
まぁ、私が覚えていたのは本を読んでいたからなんだけどね。
お屋敷の図書室は本当にマニアックな本が沢山あるんだもの。
それは良い事でもあるけど……一番探している本が見つからないのは欠点ね。
「アリシア、君は何歳だっけ」
ポールさんが微笑んで私に言った。
「十歳ですわ」
私がそう言うとポールさんは難しい顔をして、十歳、と呟いた。
そんなにおかしな事を言ったのかしら。眉間に皺を寄せる程の事でもないでしょ。
「君は植物が好きなのかい?」
「いえ」
「じゃあ何故そんなに詳しいんだい?」
あら、その質問は困るわ。だって本で読んだって言えないのよ。
もし誰かに聞いたって言ったとしてもきっとポールさんは誰から聞いたのって聞いてくるに違いないわ。
ここは悪女らしく……。三年間悪女になるために訓練してきたのよ。
何か思いつくはず! 私は頭を高速回転させた。……何も思いつかないわね。
こうなったらゲームの中の悪役令嬢の台詞を借りるしかないわ。
台詞をパクるなんて姑息な手段だと思うけれど、しょうがないわよね。
「これくらい常識ですわ。それを知らないなんて勉強不足だと思いますわ」
悪役令嬢がヒロインに投げかける言葉!
私は満面の笑みでそう言った。
これでさっきの第一印象を覆せたんじゃないかしら。やっぱり悪い印象にするのは簡単ね。
ポールさんもエリック様もヘンリお兄様も固まっていますわ。
そりゃそうよね、十歳の少女に馬鹿にされたんだから。
うふふ、にやけてしまいそうよ。
でもここでにやけてしまったら台無しよ。我慢するのよ、私。
すると、ポールさんはいきなり笑い出した。
「そうか、常識なのか。僕ももっと勉強しとかないとな」
笑いながらそう言ったポールさんの言葉に嫌味を少しも感じなかった。
なんて心の広い方なのかしら。自分の心の狭さに悲しくなるわ。
ポールさんの笑いにつられてエリック様もヘンリお兄様も顔が綻んだ。
植物達も急に生き生きし始めた。きっとポールさんの笑顔が植物達を喜ばせているのね。
とても温かい空気で部屋全体が包まれた。