258
ヴィクターは質問に焦ることなく、むしろ、ようやく気付いたのかという顔をする。
「ああ」
彼の返答に三人とも驚く。
「さっき、一人称が私だったし、喋り方も女の子っぽくて」
「本当に女だったんだ……」
「マジっすか」
ニールは言葉を付け足し、マリウスとケレスは固まりながら小さく呟く。彼らの様子を見て、ヴィクターは呆れた様子で口を開く。
「なんで今まで分からなかったのか不思議だ」
「王子、おチビが女なんて教えてくれましたっけ?」
ケレスがヴィクターの言葉に真っ先に反応する。
「教えてねえけど、分かるだろ」
「色気ゼロっすよ」
「いい女だけどな」
ケレスの言葉にヴィクターはアリシアの寝顔を見ながらそっと声を発する。
幹が太い木の下でアルベールの上着をかけてもらいながら、アリシアはぐっすりと眠っている。誰もが彼女の方を見つめる。
烏の濡れ羽色の髪はまだ少し濡れている。髪から数滴水が滴る。目には布をしているが、鼻筋の通った綺麗な鼻に、薄く形の整った唇。シュッと引き締まった輪郭。
全員が彼女に対して、女性らしさを実感し始める。
「……もしかして、惚れたんですか?」
怖いもの知らずなのか、ケレスはいつもの調子でヴィクターにそう聞いた。その場にいる皆の気持ちを代弁したようだ。
「あ?」
ヴィクターは眉間に皺を寄せて不機嫌な表情を浮かべる。その後、話を続ける。
「俺のタイプの女は出るとこ出てて、髪が長くて、落ち着いた大人の女だ」
「じゃ、じゃあ、なんで助けたんっすか?」
「こいつはもともと親父のもんだろ。死なせるわけにはいかないんだよ」
「本当にそれだけですか?」
「しつこいな。お前らもう寝ろ」
ヴィクターは少し苛立った様子でケレスを睨む。普段余裕がある彼が、こんな風になるのは珍しい。
「分かりました」
そう言って、ケレスはその場から少し離れた木の方へと向かう。それに続き、マリウスとニールも「お疲れさまでした」と頭を下げて、寝る準備をし始めた。
兵はいつどこででも眠れる。地面がガタガタしていても、肌寒くても、どんな体勢でも寝ることが出来る。
「私達もそろそろ寝ますか」
ケイトの言葉にマークが頷く。アルベールはアリシアの傍で彼女をじっと見ている。幸いなことに、マリウス、ケレス、ニールはアルベールがアリシアに何をしたのかよく分かっていない。
ただ特別な力で彼女の苦しみを取ってあげたぐらいにしか思っていない。
「ガキになんか惚れてたまるか」
独り言を呟くヴィクターにアルベールは視線を彼に向ける。そして、そのまま空を見上げる。
「今日は月が一段と綺麗だ」
不気味な死致林から見る、真っ黒な空に多数の星と静かに輝くその月。その月光に照らされたのは、泥で汚れて、すやすやと気持ち良さそうに眠っているアリシアだった。
その様子にヴィクターは目を見開く。そして、小さな声でそっと言葉を発する。
「月に選ばれし少女……」




