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「起こす?」
ヴィクターは私の言葉に眉間に皺を寄せる。
「眠っているのなら、起こしたら何か分かるかも」
「それで、事態が余計に悪化したらどうするんだよ」
「してみないと分からないじゃない。いつからそんな保守的な王子になったのよ。それか、他に何か解決策があるの?」
何も言い返せないのか、彼は黙り込む。
もし状況が更に悪くなっても、その時はその時よ。今の状況も絶体絶命だし。
「分かった。起こすぞ」
「…………どうやって?」
「知るかよ。お前が言い出したんだろ! 妖精なんて起こしたことねえよ。……お前がいると緊張感がなくなる」
そう言って、ヴィクターは肩をガクッと落とす。
……また魔力で起こすことが出来るのかしら。試す価値はあるわよね。もしこれが成功したら、妖精の起こし方っていう本でも書いて一儲けしようかしら。
そんなことを思いながら、私は全神経を気持ちよさそうに眠っている妖精に集中させた。
風が上向きに流れ、周りの空気が張り詰める。水の流れがゆっくりになる。
「すげえな」
ヴィクターの小さな呟きは私の耳に届かず、ただ妖精に「起きろ」と魔力で対抗し続ける。
『こんなに圧力をかけられたのは初めてよ』
高く透き通った声が脳内で響いた。それと同時に力を緩める。
彼の手の中にいた妖精が、小さな手で口を覆いながらあくびをしている。
「「起きた」」
私とヴィクターの声が重なる。目を丸くしながら見つめる私達に妖精は少し迷惑そうな表情を浮かべる。
『あ~! 私の作った楽園が見事に壊されていく~!』
ヴィクターの手の上で立ち上がり、周りを見渡しながら妖精は声を上げる。
「楽園だったんだ」
「は? 何言ってんだ? こんな楽園、誰も来やしないだろ」
「彼女にとってよ」
顔をしかめるヴィクターに対して、私は妖精の方を見た。
『やっぱり、人間は見た目で判断するでしょ。中身は宝石で詰まっているかもしれないのに、外見が汚いと中を知ろうともしない。だから、誰にも干渉されないここが私の楽園だったの』
「私達の勝手でその楽園を潰してしまったことは謝るわ。ごめんなさい」
「……ガキ、お前、こいつの意味わからない言葉が分かるのか?」
ヴィクターは不思議なものでも見るような目で私を見ている。
意味わからない言葉って、彼女普通に話してるじゃない。……どういうこと?
『そりゃ、君は強力な魔力を持っているからね。私の言葉が分かっても不思議じゃないよ』
「なるほど」
「何がなるほどだ。俺にも説明しろ」
「私に魔力があるから、彼女の言葉が分かるんだって」
そんなことを呑気に話している間に、私達はもう体の半分ぐらい水に浸かっていた。彼女が起きてから、また水の流れの威力が増したのだ。
……本当に死亡フラグ立っているじゃない。折角妖精と出会えたのに、こんな所で死ぬなんて絶対に嫌よ。
「ねぇ、ここから脱出する道を教えて」
『え~、睡眠妨害されたし。どうして人間を助けないといけないの?』
妖精は面倒くさそうに私達を見る。
そりゃ、そうよね。けど、人間は自分勝手なの。無理やりにでも私達を出口まで案内させるわ。
私は彼女に魔力で圧力をかける。妖精を軽く睨む。
「いいから早く教えなさい」
『分かったわよ! 分かったから、早くそれやめて!』
彼女が叫んだのと同時に、私は力を緩める。
『信じられない。聖女なら、もっと妖精に寄り添ったり、可愛がったり、懐柔策っていうものがあるでしょ』
「聖女? 私は悪女よ」
『……無自覚なんだ』
何言ってるの、とんでもない聖女が私の国にいるのよ、と言いかけたが、やめておいた。
ここにはヴィクターもいるもの。ラヴァール国が聖女を探してたのなら、こんなことは口が裂けても言えないわ。




