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ヴィクターが滝の下にある水に踏み込もうとした瞬間に、何かの力が働いて跳ね返った。
……何、今の。妖精の力?
「どうなってるんだよ」
彼はもう一度、勢いよく水の中に入ろうとするが、また跳ね返ってしまう。
「おい、ガキ、何かしろ」
妖精への対応の仕方何て知らないわよ。今日初めて存在するって知ったのよ?
私、この国のファンタジーな部分は魔法だけだと思っていたんだもの。
魔法しか使えない私に何かしろって、イタリアンレストランに行って、寿司を頼むようなものよ。
とりあえず、私も水の中に入ろうと試みる。ヴィクターは私をじっと見る。
まず、なんで跳ね返るのか考えないと。……あれ? 入れた。
私はヴィクターの方を勢いよく振り向く。彼も目を丸くして私を見ている。
「どうして!?」
「俺が知るか!」
私も彼も驚きのあまり、今の状況を把握するのに少し時間がかかる。
ヴィクターが拒否されて、私が受け入れられたってこと? もしかして、女性専用の滝なのかしら。
私がそんなことを考えていると、ヴィクターが私の方を射貫くように見る。
「お前、相当強い魔力を持ってるだろう?」
「へ?」
「いい加減とぼけるのはやめろ。この妖精より、強い魔力を持っているからお前は簡単にこの中へ入れたんだよ」
「どうしてそんなことが分かるのよ」
「この国の言い伝えに……いや、何でもない」
どうしてそこで止めるのよ。一番モヤモヤする止め方じゃない。隠すなら最初から何も言わないで欲しいわ。
「最後まで言ってください」
「お前、俺が王子だってこと忘れてないか?」
「王子がそんな中途半端なことしないでください」
「国の機密情報を言えるわけないだろ」
「……この腐った湖よりもよっぽど重要なことってこと?」
「そうだ」
それを今さらっと言いそうになったなんて、もっと気を付けた方が良いわよ。
王になる条件としてある湖の源よりも重視されている言い伝えって、一体何なのかしら。ああ、もう気になるわ!
どうせ、今ここで彼を責めても絶対口を割らないだろうし。自分で見つけるしかなさそうね。
「そんなことより、そこに入れたなら、お前が妖精を確保できるんじゃねえか?」
「私が妖精を確保したら、この国の王に私はなれるんですか?」
私の質問にヴィクターは口を閉じる。彼は卑怯な人間じゃない。私が代わりにとることはどういうことか分かっているはずだ。
「利用されてあげるって言いましたけど、これは自分の力で取って下さい」
「俺がそっちに行けないのは分かってるだろ。どうしろって言うんだ」
少し苛立った声を上げる。
短気は損気よ。もう目の前にゴールはあるのに、どうしてそんな急ぐのかしら。
「だから、手伝ってあげるんですよ」
「……どういうことだ?」
ヴィクターは顔をしかめる。
「人は花を愛でるものなの」
「いきなり何の話だ?」
「誰も花を支えている茎や根を愛でないでしょ。……つまり、妖精を得た過程なんて微塵も興味ないのよ」
「何が言いたい?」
「輝かしい功績は王子のものってことよ」
私はそう言って、目を覆っていた布を外す。右目でしっかりとヴィクターを見据える。
両手を小さく広げて、久しぶりに魔力を体から放出させる。感覚で自分の瞳が段々と輝いているのが分かる。
この妖精さん、相当な魔力をお持ちね。
段々、見えない壁のようなものにひびが入っていくのが分かる。そこから、ここに来る時に感じたあの眩しい光が放たれる。
私はグッと全身に力を入れる。その瞬間、その場全体が眩しい光で包まれた。私もヴィクターも力強く目を瞑る。




