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「俺を見捨ててお前だけ逃げることがあるか?」
私を見据えながら、彼はもう一度そう言った。
見捨てるって…………一番ダサいじゃない!
そりゃ、この国やこの国の王子に対しての忠誠心なんてものは全くないけど、そんな姑息な人間じゃないわよ。
そんなの歴代悪女が黙ってないわよ。そんなことしたら、間違いなく私が寝ている間に歴代悪女亡霊が私を刺しに来るわ。
「僕も死にたくないから、嫌でも助けますよ」
私の言葉に三人ともよく分からないという表情を浮かべる。
「とにかく、そんな卑怯な人間になるぐらいなら王子の代わりに死んだ方がましです」
「なんだそりゃ。……というか、殿下の為に命を落とすぐらいのことは心得ておけ」
あ、そうだったわ。今、私はヴィクターを守る隊の一員だもの。王子守らないで、何守るって話よね。
マリウス隊長の言葉にハッとする。
「まぁ、こんな奴だ。信用できるだろう」
信用できる、私はその言葉が好きだ。自分を認めてもらえた気がする。
付き合いが長くても信用できない人間は沢山いるもの。
「王子が命の危険に陥った時は、鼻で笑いながら助けます」
私はキリッと真面目な表情を作りながら力強くそう言った。その言葉と同時に頭に大きな拳が降ってきた。
「イッ」
ヴィクターめ、私が女ってこと忘れてない?
こんなに強そうな女なのよ? 頭から血が出るくらい殴ってもいいのよ?
……これじゃあ、私がマゾみたいになっちゃうわ。
「王子、忘れないで下さい。おチビは目が見えないんっすよ」
ヴィクターは私がちゃんと全部見えていることは知っているんだけどね。そうじゃないと、湖に潜る時にそんなやつを一番最初に潜らせないでしょ。
視界は良好とはとても言えない状態だけど、大体のことを把握できている程度には見えているもの。
目のことよりも私的には、水を含んだ服を着ていることの方がしんどいわ。
……というか、こんなことを言うのもなんだけど、マリウス隊長やケレスもちょっと鈍いわよね。そろそろ私が目が見えることとか、女だってばれても不思議じゃないんだけど。
「ライオンと戦ったガキだ。こいつが死んだら天変地異が起こるだろうよ」
褒められている、のよね?
「「確かに」」
マリウス隊長とケレスの声が重なる。
「それで、どっちの道を行くんですか?」
「どっちがいい?」
「もう水は嫌なんで、水がある方には行きたくないです」
「……水?」
ヴィクターは私の言葉に眉をひそめる。残りの二人も微かに首を傾げている。
「こっちの道から微かに水が流れる音が聞こえるじゃないですか」
右の道を指さす。彼らはじっと耳を澄ますが、どうやら聞こえないようだ。
……やっぱり、私、片目をウィルおじさんに渡した日から確実に耳が良くなっていっているわよね。ウィルおじさんに感謝しないといけないわね。
「聞こえないけど、お前に聞こえているならこっちの道には水があるのだろう」
「目が見えないと、聴覚が発達するんだな」
マリウス隊長が感心するように私をまじまじと見る。
「じゃあ、俺らはこっちの道を行くぞ」
ヴィクターは右の方へ足を向ける。
「え、僕、水がある方が嫌って言ったんだけど」
「だから行くんだよ」
ヴィクターってそんな人よね。忘れてたわ。
肩の力をガタンと落とし、王子の方を軽く睨む。
「本当良い性格してるよね」
「よく言われる」
嬉しそうに彼はニヤリと笑うが、私はちっとも嬉しくない。
「お前らは生きろよ」
ヴィクターはそう言って、歩き始めた。私は急いで彼の後を追う。
さっきの言葉は、彼なりの部下への配慮だったのかしら。
洞窟は暗いが、ヴィクターの金髪はよく分かる。
彼が金髪で良かったわ。見失ってもすぐ見つけられる。