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『ウィル
死んだ人間に書くなんて私も頭がおかしくなってきているのかもしれない。だが、私が死ぬ前に、これを書いておきたかった。
お前は私を憎んでいるだろう。お前が死んだ原因は他ならぬ私だ。安心しろ、もうすぐ私もそっちへ向かう。その時は思う存分私を殴ってくれて構わない。私がろくでもない父親だったことは百も承知だ。今さら何を言っても意味がないだろう。
ただ、これだけは言いたい。お前を大事に思っていた。私が生涯最も愛した女はお前の母親、カレンだけだ。どの愛人も決して彼女を超えることはできなかった。ルークの母親ジュリーもそのことに気付いていたから、お前を忌み嫌っていた。
不思議なことに、お前は文句を言ったことがない。あいつのせいで自分の人生が壊されたと嘆いても構わないのに、私の言うことに素直に従い、この国を支えた。
お前はカレンが残したたった一つの形見だ。何よりも大切だったものを失ってから気付いた。生きている間にもっと話していればと今更になって思う。
ウィル、もう一度会えるのなら、私は幼かったお前を思い切り抱きしめ「愛してる」と言おう』
じっちゃんは一枚の手紙をギュッと握りながら、微かに震えていた。国王はただ黙って、じっちゃんの様子を見ている。
手紙の内容は分からないが、きっといいことが書いてあったのだろう。じっちゃんの何か吹っ切れたような表情を見ているとそう思う。
まぁ、最後の手紙で息子を卑下するようなことは流石に書かないよね。
彼もかつては一人の小さな子供だったのだと思う。
「女の嫉妬は怖いな」
じっちゃんは手紙を閉じて、小さくそう笑った。
手紙の感想がそれだけって、内容滅茶苦茶気になるじゃん!
というか、じっちゃんがそんな台詞を吐くなんて珍しい。失礼だけど、じっちゃんが女や恋愛の話をしているところをどれだけ頑張っても想像できない。
「不器用な人だ」
「そうですね。世渡り上手な方ではなかったですから。だから、母もあんな風に歪んだのかもしれませんね」
小さな沈黙が生まれる。
じっちゃんも国王もそれぞれ記憶を懐かしんでいるように思える。全てが悪い思い出ばかりじゃないはずだ。多くはないにしても楽しかった思い出はあるんだろうな……。
僕は父と母の思い出は少ないけど、その代わりにアリシアとの思い出がたくさんある。
この記憶だけは絶対に誰にも奪えない。きっと、歳をとってボケてきたとしても、彼女と過ごした記憶だけは僕の中に残る。消えることのない永遠の宝物だ。
そんなことを思うと、無性に彼女に会いたくなってきた。
「王位継承権はウィルにもある、父上は亡くなる前にそんなことを呟いていました」
国王の口から出てきた言葉に反応して、皆が彼に注目する。
「兄上、もう一度聞きます。この国の国王になるつもりはありませんか?」
国王の言葉にじっちゃんは少し迷う。なりたいけどなれない、そんな葛藤が見えた。
「魔法が使えない人間が王になったという前例はないがな」
「前例がないのなら、じっちゃんが新たな例を生み出せばいいだけなんじゃない?」
じっちゃんの言葉に反応してそう言った。彼は何故か驚いたように僕の方を見る。
僕はただじっちゃんにこの国の王になって欲しいからそう言っただけなんだけどな。
……じっちゃんが王になった瞬間、独裁者になって、この国の民を苦しめるなんてことはないだろうし。もしあったとしても、なんか闇落ちした感じがあって面白そうだけど。
ダメだ、アリシアのせいで人を悪人にする思考回路になりつつある。まぁ、アリシアの場合はただの良い人になりつつあるんだけど。
「だがな、幼い頃に彼らと約束したんだ。もしわしが国王になった時は、必ず彼らが側にいると」
「彼らって?」
「ラヴァール国に追放された三人だ。アリシアの祖父もいるぞ」
アリシアの、祖父……おじいちゃん!?
一度も会ったことなかったし、てっきりもう死んでるんだと思ってた。
「もしかしたら、もう死んでるかもしれないけどな」
え、死んでるかもしれないの?
……そりゃそっか。ラヴァール国に彼らが行ったきり連絡していないもんね。生存確認が出来ない。そもそもこの国は外交に力を全く入れていない。
けど、この国を支えた三人なら何かしらの方法で生きていそうだけどな。
 




