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「今、思えば、魔法が使えなくなって良かったと思う。期待という重圧から抜け出せたからな。……その分お前に負担をかけてしまった」
「……兄上はずっと僕にとっての一番です。魔法が使えても使えなくてもずっと尊敬しています。兄上のようになろうと思ったけど、無理だった」
こんな国王を見るのは後にも先にも今だけだろう。
国王がじっちゃんに向ける真っすぐな瞳を見ると、結果はどうであれ努力してきたことが分かる。
彼が醸し出していた風格は、じっちゃんに憧れて作りあげてきたものなんだろう。
国王の母親がどんな人間であったにせよ、少なくとも彼は兄を慕っていたのだ。
この二人の再会が歴史を動かす大きな出来事なのは間違い無いが、僕は毎日じっちゃんと会っていたのだ。なんだか、不思議な気分だ。
国王が最も尊敬していた第一王子が戻ってきたのだ。
「何度も俺を救い出そうとしてくれたそうだな」
じっちゃんは口の端を少し上げる。その顔はデュークと少し似ている。やっぱり血は繋がっているんだと思わされた。
……国王がじっちゃんを助けようとしていたなんて知らなかった。正式には亡き者として扱われていた。
これでも僕はかなり多くの情報を手に入れている方だ。…………デュークの手紙か。
きっと王が貧困村の誰かを助けようとしているなんてことが知れ渡ったら、立場が危うくなる。王とデュークしか知らない情報だったのだろう。
デューク、内密に動き過ぎじゃない? まさか裏でそんなに動いているとは思わなかった。
「自分の母をこんなにも憎む日が来るとは思いませんでした」
少し声を震わせて彼はそう言った。
「兄上のように上手く出来ませんでした。だから、聖女に助けてもらおうと」
道理で国王が聖女に対しての執着が強かったわけだ。確かに、聖女がいれば、国は安泰だ。
私腹を肥やす愚王に比べれば、良い判断だ。彼は彼なりに精一杯だったというのがよく分かる。
「頑張ったじゃないか」
じっちゃんは静かにそう言った。
その確かな言葉は国王の心に響いたに違いない。国王はただ固まって、じっちゃんを見つめる。
「本当に、生きていて良かった……」
国王は噛み締めるように、小さくそう呟いた。
確かに貧困村に流されれば、死んでいてもおかしくはない。そんな不安を抱きながら、国王はじっちゃんを探し続け、助けようとしていたんだよね。
デュークも一か八かでじっちゃんに手紙を送ったんだろうな。
なんか奇跡に奇跡が重なったような話ばっかりだな。……これも全部アリシアが軸になって全て上手くいっているのが面白い。彼女は本当に一体何者なのだろう。
「母上は元気なのか?」
じっちゃんの言葉に、国王の顔は少し険しくなる。
「……裏でコソコソしている動きがあるので、まだ元気だと思います」
「彼女は凄いからな。ほとんど隙を見せない。何を企んでいるか分からないからな」
じっちゃんがそこまで言うのなら、余程の人物なのだろう。
少し見てみたい気持ちもある。勿論、何かに巻き込まれるのは御免だけど。
「……アリシアやその少年を教育していたのは兄上ですか?」
何かに気付いたように国王は突然そう聞いた。
「ああ。でも、わしより彼らの方がずっと優秀だが」
いつものじっちゃんの声になる。僕らの話をする時の声はこんなに柔らかなんだ。
「彼らの出す雰囲気が少し貴方に似ているんです。たまに見せる目の鋭さなどが」
「光栄だな」
光栄なのは僕の方だよ。心の中でそう叫んだ。