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私達遠征メンバーは、雲一つない快晴の下、何もないだだっ広い道を馬に乗りながらひたすら進んでいく。
……こんなに朝早く起きるなんて。兵士はともかく王子のヴィクターや長老たちもよく起きれたわね。長老なんて言ったら失礼かしら。
「ガキ、この遠征でしっかり学べよ」
突然、ヴィクターが私の方を振り向く。
「何をですか?」
「さあな」
おい、と心の中で突っ込む。そもそも遠征の内容を聞いていない。ただ危険とだけしか知らない。
なんて曖昧な遠征なのよ。
「チビは本当に王子に気に入れられているな」
マリウス隊長の言葉に私は苦笑する。
「いや、最初は物凄く僕と関わりたくなさそうでしたよ」
「そりゃ、お前が……」
少し言いかけて彼は口を閉ざした。
「そこまで言ったのなら言って下さい」
「普通嫌だろ。どこのどいつか分からない異端児の面倒を見るなんて」
「異端児は僕じゃないですよ」
マリウス隊長の大きな声に対して、小さな声でそう呟いた。彼には私の言葉が聞こえなかったようだ。
本当の異端児はリズさんなのよね。私は能力的には上の中ぐらいじゃないかしら。
おじい様達の方に視線を向ける。
何の会話をしているのかしら。あの三人だもの。きっと中身のある深い話に違いないわ。
私は一人で興奮しながら、彼らの会話に耳を傾ける。
「アルベールは今機嫌が悪いから声をかけない方が良いぞ」
「年寄りは朝早くから元気なものだろう」
マークの言葉にケイトが軽く笑う。
昨日分かったことだが、この中だとケイトが一番フランクだ。その分裏がありそうで怖いけど。
そして、私の祖父が一番気難しそう。……お父様はあんなに穏やかな感じなのにね。親子でも似ないものなのね。
マークの性格はよく分からないが、エリックのように気性が少し荒いわけではなさそう。
馬に揺られながら彼らをぼんやり観察していると、いつの間にか少し薄暗い森の中に入っていた。
私の家の周りの木々と違って、幹が細々としていて頼りない。長く垂れた葉が印象的だ。
不気味さで言ったら、この森の勝ちね。
「怖がらないのか?」
ヴィクターが意地悪そうに口元を上げて私の方を見る。
「全く、むしろ慣れてる」
私が淡々とした調子でそう返すと、彼は面白くなさそうな顔をして前を向いた。
幼い頃から、夜中にあの暗く気味が悪い森をずっと往復していたのよ。これぐらいで恐怖を感じるわけないじゃない。
そんなことを思いながら辺りを見渡す。木の根元に死んだ蛙、枝には鋭い目をした蛇、地面には虫がいる。
確かに、普通の令嬢だったら、腰でも抜かしてそうね。
……森の昆虫の数はデュルキス国よりもラヴァール国の方が多いわね。やっぱり、虫も大国に集まるのかしら。
「この先に一体何があるんだろうな」
一緒に付いてきている兵士のケレスが独り言を呟く。彼の声に少し不安がある。
もしかして、今までこの森に入った人間はほとんどいないのかしら。
「この森って危ないとこなんですか?」
私はケレスの方にそっと近づき囁いた。この国について知らないことをヴィクターに悟られたくない。
「そりゃ、シチリンは立ち入り禁止だからな」
「……シチリン、……え、……七輪!?」
七輪は立ち入り禁止とか初めて聞いたんだけど。てか、あの中に入れるの虫ぐらいじゃない?
そもそもこの世界に七輪ってあるの?
「何そんな驚いた顔してんだ? 死に到る林、初めて聞いたのか?」
ケレスが疑うように私を見つめる。
あ、そっちね。というか、ここ林だったのね。
「いや、何にもない、です。シチリン、って呼ばれているとは知らなかったです」
運営のネーミングセンスを疑うわ。




