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遠征メンバーに選ばれたのは良いけど、出発が明日なんて聞いていないわ。そう言うのってもう少し前に言っておくべきだわ。
ヴィクターの自由奔放さが羨ましい。そう思えば、デューク様はいつも窮屈そうだったわね。
訓練が終わり、一人で城内をぶらつきながら明日の遠征について考える。
持ち物とか全く分からないんだけど……。考えてみれば、遠征は初めてだ。……キャンプみたいな感じかしら?
そんな呑気なものじゃないか。
それにしても他の兵の私への対応に驚いた。本来なら新人がいきなり選抜されるなんて鬱陶しいし、妬ましいはずなのに、皆快く嬉しそうだった。
……私の実力を認めてくれたのか、遠征が最悪なものなのか。前者がいいわ。
「おい、ガキ」
後ろからよく通るヴィクターの声が耳に響く。
「……なんですか」
私は振り向き、ヴィクターを睨みながら答える。ガキ呼びをいちいち訂正する気にもならない。
「紹介したい人間がいる」
「一体なんですか? フィアンセですか?」
「馬鹿か。いてもお前に教えねえよ」
「え、いるんですか?」
「うるせえガキだな」
「そのガキのお守りをしないといけないのは王子ですよね。我慢して下さい」
ヴィクターへの警戒心がかなり薄れたのか、彼を挑発するような喋り方になってしまう。
彼はウザそうな顔で私を見ながら無視する。
「明日遠征なのに、今から人を紹介するって……」
小さく独り言を呟くと、それにヴィクターは反応する。
「その遠征についてくる人間だ」
ヴィクターはそう言って、少し速足で歩いた。私も置いていかれないように、歩く速度を上げた。
城内で最も人気がないと言っても過言ではないような場所へと連れてこられた。 細部まで細かく彫られた厳重な扉の前でヴィクターは足を止める。
……何この部屋。ヴィクターの部屋よりも頑丈そう。
この国に来て、分かったことは、どこの国も城は大きく一人だと迷子になりそうだ、ということぐらいだ。
ヴィクターはノックもせずに、扉を開く。
流石王子、ノックはしなくてもいいという権利があるのか。
私も彼に続き部屋に足を踏み入れる。その瞬間、何故かとてつもない重圧を感じた。
今までに感じたことのない不思議な重圧だ。ここにいる人間は皆只者ではないと細胞が騒いでいる。
私が少し退いたのが分かったのか、ヴィクターは片眉を上げて、私を鼻で笑う。ガキは貴方でしょ、と言いたくなる。
「こいつらはこの国の脳と言ってもいいだろう」
ヴィクターにそこまでのことを言わせる人々を見る。
……彼もそこにいた。おじい様、だわ。
そして、彼を挟むように、両脇にもおじい様と同じぐらいの年齢の方がいる。見覚えのある灰色の髪と赤色の髪が目に入る。
どちらも少し白髪が混じっているが、すぐに分かった。
ゲイルとエリックのおじい様達だわ。……なんでこの二人の祖父なのかしら。よりによって最もリズさんに洗脳されている二人なんて。
丸いテーブルを、三脚の大きく豪華な一人掛けソファで囲み、チェスをしている。誰と誰が戦っているのか分からないが、皆とても真剣にチェスを眺めており、王子のことすら無視している。
「挨拶しろ」
ヴィクターが私に少しきつい口調でそう言う。私はハッと我に返り、急いで軽くお辞儀をして、口を開いた。
「初めまして。リアと申します」
訓練後に男の子の声を出すのは少し疲れる。
私の言葉に、皆一度手を止めて、視線をこっちに向ける。その鋭い目つきに一瞬怯みそうになる。
「わしの名前はハドソン・マークだ」
ハドソン家、間違いなくエリックの祖父だ。
「ウィリアムズ・アルベールだ」
低く重みのあるその言葉に私は思わず目を見開いた。目に布を巻いているから、彼らには私がどんな表情をしたのかバレていない。彼らなら私の感情を読み取ってそうな気もするけど。
……ウィリアムズ。やっぱりおじい様だわ。
最後にトランプカードをパラパラと手の上で広げている灰色の髪の男がニヤリと笑いながら口を開く。
「私の名前はエバンズ・ケイトだ。よろしくね、お嬢ちゃん」
ケ、イト……。お嬢ちゃんと言われたことよりも彼の名前に驚いた。
彼だわ。魔法学園に狼を送り、トランプを置いた男は彼だ。スペードの4、貴族のケイト。




