235 十六歳 ウィリアムズ家長女 アリシア
まさかラヴァール国で誕生日を迎えることになるとは思わなかった。
十六歳って……、高校一年生よね。華のJKだわ。
ラヴァール国に来てそんなに日にちは経っていないけど、私があの小屋から出てから一年が経ったのね……。
早いような短いような、なんとも不思議な感覚だ。
「誕生日なんて毎年のように祝わなくてもいいような気もするけど……、七五三ぐらいで良くないかしら。こんなことリズさんの前で言ったらお説教くらいそうね」
ブツブツと独り言を言いながら私は今日も訓練へ向かった。
私の十六歳の誕生日だが、いつもと変わらない日だ。……まぁ、雨だけど。
パラパラと小さな水滴が私の顔を打つ。雨でも勿論訓練はあるのだ。天気に左右されるような軍なんてあり得ない。
「心地いい」
私は空を仰ぐ。雨は嫌いじゃない。雨の匂いや音が好きなのよね。
「チビ! 早く整列しろ!」
マリウス隊長が遠くから私に怒鳴る。
朝からそんなに苛立っていたら禿げるわよ。私はそんなことを思いながら、駆け足で彼らの元へ向かう。
別に遅刻しているわけじゃない。むしろいつも通り少し早めに来ているのに、どうして今日はこんなにも急かされているのかしら。
チラッとマリウスの奥で雨に濡れて、艶やかな金髪が目に入る。
「……ヴィクター?」
なんで王子がこんな雨の中、外に出てるのよ。
私は急いで、いつもの配置に並ぶ。周りの兵は私より図体が大きく、前がよく見えない。しょうがないわよね、私は後から来た新人なんだもの。
このザーザーとうるさい雨の中、声だけを拾い、状況を判断しなければならない。
どんどん雨が強くなっていくのに、王子、大丈夫なのかしら。風邪引くわよ。
「今日はヴィクター殿下からお話がある!」
マリウス隊長が声を張りながら私達にそう告げる。その言葉で、全員が背筋を伸ばし、聞く態勢に入る。
「俺の遠征についてくるものを選ぶ。今回の遠征は危険が伴う為、小規模だ! 今から名前を呼ぶ五名は直ちに準備しろ! まず、マリウス」
「はっ!」
「ニール」
「はっ!」
隊長と副隊長はそりゃ呼ばれるわよね。私なんて入隊して全然だもの。絶対に呼ばれるわけないわよね。……って思い込んでおかないとやってられないわ。
王子がいなくなったら、この城のことを存分に探れるチャンスだもの。私の、おじい様のことやあの塔のことも調べたいもの。
「ジェルド! ケレス!」
「「はっ!」」
あら、この流れは本当に私が呼ばれない可能性があるんじゃ……。
「リア!」
「へ?」
「お前だけ返事がおかしいぞ」
怪訝な表情でヴィクターは私を睨む。
期待して、落とさせる、それがヴィクターよね。しっかり肝に銘じておきましょ。
「はっ」
他の兵より少し小さな声で答え、私は悲しきことに選抜隊に選ばれたのだ。本来なら喜べるはずなのに、なにかしら、この残念な気持ちは。
……ヴィクターは私のことをもう既に色々と見抜いている。出来ればあんまり傍に居たくないんだけど、遠征となったらそうは言っていられない。王子を守るのが私達の仕事だもの。
人生って上手くいかないわね。これも悪女になる為の試練と思って乗り切るしかないわね。
アリシア! めげないで! 貴方はもう自国では最高の悪女なのよ! これは修行よ!
自分を鼓舞し、ネガティブな気持ちを忘却する。




