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地平線にうっすらと太陽の頭が見え始める。
朝早くから僕らはウィリアムズ家の中庭に集まった。ヘンリとデュークと僕の三人だ。
今日は、とうとうじっちゃんがあの村から出てくる日だ。
嬉しさ、興奮と共に少しの不安がある。もし、国王が何かしたら、今の僕にはじっちゃんを守り切れるような力はない。
「デューク、じっちゃんを守るって約束して」
僕は彼の目を真っ直ぐ見ながらそう言った。デュークは静かに頷く。
本当はデュークも貧困村に行きたいと言っていたが、僕が止めた。まだ彼が行くには状況が芳しくない。まだ貴族を毛嫌いする人間が沢山いる。
勿論、アリシアも貴族だが、彼女は異例だ。あの村を立て直したアリシアと、あの村に行ったことのない王子だと随分と差がある。
デュークが貧困村に来たことないからといって、彼が何もしていなかったわけじゃないことを僕は知っているけど、村の皆はそうは思わない。そして、デュークもそれを理解した。
「よろしく頼むぞ」
デュークの言葉に僕は深く頷き、ヘンリとも顔を見合わせてから僕はその場を去った。
貧困村まで行くのは、かなり時間がかかる。
アリシアがこの距離を本を持ちながら走っていたのだと思うと、ゾッとする。一体彼女は一人で何の罰ゲームをしていたんだ。いくら気になるとはいえ、毎晩のようによく貧困村へ来たものだ。
僕はそんなことを考えながら足を進めた。
「じっちゃん!」
村に着くなり、僕はじっちゃんのところへ駆けよる。
彼を見送る為に朝早くから皆が外に出ていた。誰もがこの村の英雄を手放したくなさそうにしている。
けど、僕らはここから出なくちゃいけないんだ。この村から皆を解放する為に……。
「これを飲んで、ここを出よう」
じっちゃんは一呼吸置いてから答えた。
「行こうか」
僕の手から、瓶を取り、エイベルを一気に飲み干した。瓶の底に少しだけ薄っすらとピンク色の液体が残る。
ついにじっちゃんは自由の身になるんだ。この村からついに出られるんだ。
心臓がドクンドクンとうるさく脈打つ。僕はじっちゃんの解放に興奮した。
この国の情勢をどう変えていくのか楽しみでならない。
「あいつに会うのは少し緊張するが……」
そう言って、霧がかかった壁の方へと足を進める。僕はじっちゃんの後をついていく。
あいつ、というのは多分国王のことだろう。
何年ぶりの外の世界なんだろう。僕とは違って、じっちゃんは外の世界を知ってからこの村に来ている。……王族の暮らしを知っているのに、よくこんな生活に耐えることが出来たな。
僕はそんなことを思いながらじっちゃんの大きく逞しい背中を見つめた。
後ろから皆が僕達を見守る視線を感じる。恨み妬みの視線がないと言えば嘘になるが、ほとんどの人間が喜んでいるように思えた。
前よりはましだが、空気が濁っており、いつも暗く、鼻をつく異臭が漂っているこの村。
一度外に出たらほとんどの人間が二度と戻ってこようとは思わないだろう。
じっちゃんは、数十年ぶりに太陽のある世界へ戻った。




