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「本当に目をあげたのか……」
アーノルドは声を少し震わせながらそう言った。
まさかそこまでするとは思わないし、本人がそう言ってても嘘だと疑ってしまう気持ちは分かる。
僕もアリシアがじっちゃんに目をあげたのは予想外だった。
「相手は」
「多分、貴方が一番よく知っているんじゃないですか?」
国王を睨むようにしてそう言った。
彼は僕が何の話をしているのか分からず、眉をひそめる。
「ゴミはゴミ箱にためておけばいい? そのゴミたちが溢れてきていることに気付かなかった?」
「ジル、その辺にしておけ。父は祖母に従っただけだ」
デュークは誰にも聞こえない小さな声で僕にそう言った。
「祖母って」
妾の? と言いかけて、止めた。現国王の母が妾であることはキャザー・リズ達は知らない。
……どういうことだ?
元国王と元王妃が亡くなったことは知っていたが、妾が死んだなんて情報は一切表には出ていない。そして、生きているとも出ていない。
「詳しくは後で話す」
僕はデュークに従い、それ以上何も言わないように口を閉じた。
「話を少し戻すぞ。戦争はするつもりない。だが、世の中何があるか分からない。それに備えて万全の準備をしておくのは当たり前だろ。弱っちい兵士だらけの国なんて攻められたら終わりだ。武力を強化するべきだ」
デュークは全員に向けてそう言った。彼の言葉で皆の表情が変わる。心が動いているんだ。
もしかしたら、キャザー・リズの魅惑の魔法を解けるのは王子なのかもしれない。……ってそんなわけないか。
「戦争は良くないが、戦争は発展をもたらす。俺はこの国を発展させてみせる」
彼の目は極楽に過ごしている王子ではなく、国の未来を考える参謀の目をしている。
デュークのその光る強い目に皆が釘付けになり、魅了される。
「その野心が争いにつながり、破滅を迎えることになるのよ」
「なら外交に力を入れろ」
デュークがキャザー・リズに鋭い目を向ける。彼女はビクッと体を震わせる。
……こんな風に見られてもまだデュークを好きでいられる彼女の精神力半端じゃないな。
「陛下、貴方のたった一つの決断で大勢の人間を殺すことも出来れば、救うことも出来る。……その権力を行使する時を間違えないでください」
彼は王に視線を移し、それだけ言い残して、その場を去ろうとする。
え、もう出るの?
僕は、彼を小走りで追いかける。デュークと僕じゃ足の長さが違うんだから、考えて歩いてよ。
僕らが出ていこうとした瞬間、後ろから国王の声が聞こえた。
「私がいつ間違えた」
デュークは足を止めて、国王を振り返る。
空気が張り詰めているのが分かる。
「貴方はこの国に有益だった人材を全て無駄にした」
デュークの言葉に国王が何か思い出したようにハッと驚くのが分かった。
彼は彼なりに考えがあるのだろうし、頭は悪くないはずだ。……けど、黒幕は国王じゃない。
だからと言って、彼の母だとも限らない。妾の立場でそこまで大きなことが出来るとは思わない。
今回、五大貴族達はアーノルド以外誰も何も言葉を発していない。
絶対何か裏がある。
「ジル」
国王が柔らかい声で僕の名を呼ぶ。
「アリシアは自分の目を誰に与えたのか教えて欲しい」
僕は一呼吸置いてから口を開いた。
「シーカー・ウィル」




