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このタイミングでそれを言えたその度胸だけは認めよう、キャザー・リズ。
初めて君を凄いと思ったよ。
「誰が戦争するって言ったんだ?」
デュークが少し面倒くさそうな表情を浮かべる。
さっきまで何にも動じなかったのに、彼の表情を崩すとは、やっぱり彼女は只者ではない。
「武力なんてあるから、戦争になるのよ。互いの国が兵力を持たなければいいのよ」
「相手の国にもそう交渉しに行くのか?」
「デュークだって前に言っていたじゃない。価値観の違いや私欲の為に始まる戦争は関係ない人を巻き込み膨大な命を犠牲にするって。そして、それを何度も繰り返すなんて馬鹿げているって!! あれは嘘だったの!?」
大きく論点がズレている。それに気付くんだ、キャザー・リズ。
「兵力は必要だ」
低い声で短くアルバートがそう言った。
ついにキャザー・リズに反論をした。初めて、アルバートが彼女の意見を否定した。
「アルバート? 貴方も前まで、暴力には反対だったじゃない。急に何を言っているの? 暴力は暴力を生むのよ」
「世の中の人が全員リズみたいな綺麗な心の持ち主だったら良かったと思うよ」
アルバートが少し寂しそうにそう言う。
皆が裕福で満足した私生活を過ごせていたのなら、争いは生まれないかもしれない。
そう考えてしまうけれど、やっぱり誰にでも欲というものが生まれるのだ。誰かの上に立ち、優越感に浸りたいという感情が生まれる。
「俺はリズを裏切らない」
強い口調でエリックがそう言った。
別にアルバートは彼女を裏切ったわけじゃないと思うけど……。
「リズの考えが俺の理想なんだ!」
信仰心が強すぎる。改めて宗教の恐ろしさを感じる。
教祖を信じ切っている信者は自分の命までも捨てる覚悟がある。キャザー・リズに惚れて、どんどん深く溺れていったようだ。
「僕は別に戦争は反対じゃない」
一気に僕に視線が集まり、全員が「え」と呟いた。
デュークも僕の言うことを想像していなかったのか驚いている。
「勿論、すすんでしたくなんてないけど、奪われた尊厳を取り戻す為や自分のプライドを守る為になら僕は戦争するよ」
アリシアに助けられないまま、ずっと貧困村に閉じ込められ、理不尽な仕打ちをし続けるのなら僕はきっと国王を殺そうと復讐に燃えていただろう。
まぁ、あの村を出れないことが最大の問題だけど。それでも、彼女があの村に来なければ絶対に暴動は起こったはずだ。
「誰と戦うの?」
「君たち全員」
キャザー・リズに即答する。
「そう思っている人間は僕の村に沢山いるよ」
「その村って……」
「貧困村」
僕の言葉で空気が一変する。このことを知っているのは、五大貴族の親とデュークとヘンリだけだ。
当然、僕はアリシアが拾ってきた平民の子どもだと思われていた。
「殴られて、蹴られて、ボロボロにされて、それでも這いつくばって、強くならないと生きていけない世界なんだよ。誰も助けてはくれないんだ」
ついに僕の言葉にキャザー・リズは何も言わなくなった。
誰も何も言わず、緊張感が漂う。
「死にかけの僕をあの村から救い出して、救いようのない火傷を負った女に手を差し伸べ、じっちゃんに目をあげて……、生まれ変わった貧困村のボスは誰だと思ってるの?」
そこまでの事実は誰も知らなかったのか、全員が瞠目したまま固まっている。
あ、僕まで彼女のこと褒めちゃった。いや、僕は最初から彼女の味方だからアリシアのことは褒めて良いんだけど……。
この褒め方は完全に怒られるやつだ。
ごめんよ、アリシア。けど、こんな奴らにアリシアを馬鹿にされたままなのは腹が立つんだ。
ねぇ、悪女だけど、たまには見返してやろうよ。僕の女王はこんなにも強いんだって。
……僕はアリシアの業績を詳らかに言ったことが彼女にバレたら魔法で虫にされるかもしれない。
デュークに頼んでこのことはどうか内密にしてもらおう。




