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「どうしてこんな女が聖女なのか神に聞きたいよ。ただ理想を語っているだけで何か行動をしたことはあるの? 実際に実行して、失敗して、また次に成功するように新しいプランを立てたことがあるの?」
「リズのことをよく知らないのに何故そんなことが言えるんだ」
アランの低い怒りのこもった声が耳に響く。空気が張り詰めている。
「何も知らないけど、何もしていないのは知っている」
「何だと? じゃあ、お前は何かしたのか?」
アランが声を荒げる。
誰かに洗脳されるって怖いな。僕もアリシアに洗脳されているようなものだけど。彼女の事なら信じて疑わない。
国王は僕を止めない。デュークも吐き出したいことを全て言っていいという目で僕を見る。
もしかしたら、彼がここに僕を連れてきてくれたのはそのためかもしれない。
「キャザー・リズのその力は自慢の為にあるわけ? お飾り? 力は使う為にあるんだ。あんたのその理想論は確かに必要かもしれない。ならそれを実現するために使い方をしっかり学べよ。一体、君はアリシアから何を学んできたんだ。僕らは才能を選べないし、才能も人を選ばないんだ。何故そんな最強の力を持っている君がぬるま湯に浸かってるんだよ」
僕は一気に彼女に向かって叫ぶようにしてそう言った。キャザー・リズは瞠目する。
久しぶりにこんなに声を上げた。いつも淡々と冷静に話すことを心掛けているのに。
彼女は何か言いかけたが、言葉が出なかったのか、口を閉じた。
「……なら、アリシアは何をしたんだ?」
「彼女を導いたのだ」
ゲイルの言葉に国王が答えた。
一瞬で空気が変わる。全員、国王の方へ視線を向ける。
「彼女に悪役になってくれ、と頼んだのだ」
アリシアはそれをめちゃくちゃ喜んでいたけどね。
その依頼をあんなに幸せそうに引き受けるのはきっとアリシアぐらいだろうな。
「どういう、ことですか?」
困惑した表情でアルバートがそう聞いた。
「聖女は、この国を担う要になる存在だ。理想だけではやっていけないのだ。現実的にやっていかなければならないのだ。ただ、リズ、君はとても清く優しく汚れを知らない子だ。政治の汚い部分を嫌うことは分かった。だから、君を正しく導く為にアリシアを早くから魔法学園に入れて、辛辣な言葉を吐くようにと」
「なんでそんなことをしたんですか!」
アルバートが国王の言葉を遮り、大声を出す。
彼が本気で怒っているのが分かる。
……そう言えば、アルバートって昔はアリシアのことを大好きで、物凄く可愛がっていたんだよね。
「君たちも知っていたはずだ。彼女は天才だと。魔法を使えるようになったのは十歳、並外れた身体能力、そしてあの賢い頭脳。アリシアが適役だと思ったのだ」
「なんて自分勝手なんですか。妹は貴方達の道具じゃない」
「酷なことをしたと思っている」
「父上は反対しなかったのですか? まだ幼い彼女が心に傷を負うとは考えなかったのですか?」
アーノルドは申し訳なさそうにして何も言わない。
僕が言うのもなんだけど……、その件に関しては、皆そんな深刻にならなくてもいいよ。
アリシアは何のダメージも受けてなかったし、むしろ毎日嬉しそうだったし。
なんなら、悪口言われてこそ悪女への道! とかわけの分からないことを言って、日々悪口言われることを望んでたぐらいだから。
それに、アリシアが白い目で見られていたのは、魔法学園に通っている馬鹿貴族達がしっかりとキャザー・リズに洗脳されていたからだ。
まぁ、アリシアからしたらそっちの方が良かったのかもしれないけど。
「じゃあ、今までのアリシアのあんな言い方も、全部……、国王命令?」
エリックが小さな声で戸惑いながらそう呟く。
なんか違うけど、まぁ、そうなるか。
というか、この場でそんなことを暴露したらアリシアは悪女にならないんじゃないのか?
僕からしたら最初から悪女の「あ」の字もなかったけど。本人がただ信じ込んでいただけで。
……けど、なんかちょっとアリシアが可哀想だ。
あんなに悪女になりたくてここまでやってきたのに、今最も悪い人間が国王みたいになっている。
折角国外追放までされたのに。
そもそも彼女の悪女の定義がズレ過ぎていることが問題だし、結局自業自得か。
アリシア、帰ってきたら、印象をまた悪くしないといけないかもしれないけど、頑張って。
僕は心の中でそう呟いた。




