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「どうだった?」
部屋の中でヴィクターの声が低く響く。
「やはり塔の上まで来ることは出来なかったようです」
「そうか。……だが、あいつにはまだ何かあるはずだ。あんな異端児を今の今まで見つけられなかったなどあり得ない。町に下りてあいつの情報を探せ」
「御意」
ヴィクターの部屋の扉に耳を当てて、中の会話を聞き取る。
この国のことを調べる為に塔からの帰り道にヴィクターの部屋に侵入して、何かないか探そうと思ったら部屋の中から会話が聞こえてきたのだ。
……私、調べられていたのね。
というか、本当にこの扉意味ないじゃない。私の耳の良さがおかしいのか、この扉がおかしいのか、どっちかしら。
「気を抜かず引き続き彼女を監視いたします」
ヴィクターではないもう一人の男が重い声でそう言った。
何かしら、この扉の外でも伝わってくる緊張感は……。そんなに私って要注意人物なの?
……というか、監視されてるの!? いつからかしら。
まぁ、こんな問題児を野放しにしておくほど王子は馬鹿じゃないものね。
それにしても、前まで監視する側だったのに、今や監視される側ってちょっと複雑ね。監視されてるって知らない方が気楽に過ごせた気がするわ。
リズさんは、監視されてたって知ったら何故か「有難う、私を見守ってくれてたのね」とか言ってきそうだ。なんて想像しやすいのかしら、彼女。
「もう下がっていい」
ヴィクターがそう言ったのと、同時に扉の方へ足音が近づいて来る。
まずいわ、どこかに逃げないと……。
私は、咄嗟に近くにあった扉から飛び出る。木の枝につかまり、そのまま身を隠す。こういう時、小柄で良かったと思う。
扉から出てくる男の姿を確認する。
オールバックにした黒い髪によく見慣れた紫色の瞳を持った悪人顔の男。
……お父様?
なわけないわよね。こんなところにいるはずがないもの。
よく見るとお父様よりもかなり年上の老人だ。だが、よぼよぼの腰の曲がった老人というわけじゃない。
「おじ、い様?」
おじい様とは今まで一度も会ったことがない。
生きているのか死んでいるのかも聞いたことがない。というか、父から一度もおじい様の話を聞いたことがなかった。そして、私も自分の祖父のことについて父に何も質問したことはなかった。
ウィルおじさんが天才少年であって、現国王様を支えていたとすると、周りにいた人間はもっと年上のはずだわ。
……それにしてもなんて悪人顔なのかしら。私より先に国外追放されて、ヴィクターの元で働いているなんて、おじい様、もう既に歴史に残る悪人になっていない?
まだおじい様って決まったわけじゃないけど。
もしそうなら、私、おじい様の後に名前が残るじゃない。きっと、歴史書にもおまけみたいな感じで書かれるのよ……。そんなの絶対に嫌だわ。
「というか、そもそも彼が本当に私のおじい様かどうか調べてみる必要がありそうね」
私はそのまま木の枝を渡りながら地面へ下りた。
まだ定かではないけれど、もし彼が国外追放をされた一人なら、早いところ残る二人も見つけないといけないわね。




