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「「あ」」
私とヴィクターの声が重なる。手を顔から離してしまった。
咄嗟の反応でこんなことになるなんて……。最近絶体絶命の状況によくなるわね。
「お前、腹立つぐらい美人だな」
「最初に言う感想がそれ?」
本当に女だったんだな、とか、なんで左目無いんだ、とか。
「やっぱり、王子っていうのはこのぐらいのことじゃ動揺しないのね」
ヴィクターを騙し続けることは諦めて、普通の話し方に戻す。
「動揺してるに決まってるじゃねえか。臭い少年が、美少女だったんだぞ?」
「臭くて悪かったわね」
「安心しろ、今はもう臭くない」
ヴィクターは私の方へゆっくり近づいて来る。逃げたいのに、逃げたところで行き場所がない。
今、彼と交渉する方が一番良い。……どこまで私の話を聞いてくれるか分からないけど。
「お前、なんでここに来た?」
「役に立ちたくて」
「出身は?」
「貧しい町よ」
「貧しいわりには高貴な顔しているけどな」
どんな顔よ、それ。
ヴィクターは私の顔をまじまじと見つめる。こんな間近で顔を凝視されたのなんて初めてだわ。
私、これからどうなるのかしら。デュルキス国の令嬢なんて事実を知られたら一瞬で首が飛びそうだし。けど、ヴィクターは案外もう気付いてそうだし……。
「黄金の目か……。片目だけでよくあんな動き出来たな。しかも目にはこんな布切れを巻いて」
彼はそう言って、手にしているぼろい布にチラッと目を向ける。
「私をどうするの?」
「お前が害ある人間かそうでないかは分からない。だが、役に立つ。この王宮にいる限りは存分に利用する」
「私の正体は誰にも言わないの?」
「言っても俺に得はないしな。だが、この布切れは臭いから新しいのにしろ」
女の子に対して、臭い臭いって言い過ぎじゃない?
けど、私、ここに置いてもらえるのね。少し驚いた。正直、もう城から出て行けって追い出されるのかと思ってたもの。
さっきまで、追い出された後、どう情報収集しようかって少し考えていたところなのに。
「本当の名前はなんて言うんだ?」
「……アリシア」
顔を見せた時点で名前を知られても特に変わらない。
「アリシアだからリアか」
ヴィクターは納得するように頷く。
男の子を演じるんだからもっと違う名前にした方が良かったかしら。マイケルとか、ジョンとか。
「お前に一つだけ確認する」
「何?」
「お前はこの国の人間か?」
「それ以外に何かあるの?」
「……この国の人間は古語を喋れるが、お前は言えるか?」
あら、古語は得意よ。二年間小屋に閉じこもっていた時に、全ての国の古語を覚えたんだから。
『新しい布切れはどこで手にはいるの?』
そう言うと、彼の黄緑色の瞳が散瞳した。
……どうして、驚くのよ。この国では当たり前なのよね?
『ついて来い』
少し間があった後に彼も古語でそう答えた。
歩き始めた彼の背中を追う。出来るだけ皆に顔を見られないように俯きながら歩く。
「この国の参謀でも古語なんて言えねえよ」
ヴィクターが何かぼそりと呟いたみたいだが、聞き取れなかった。




