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ライオンの牙って想像よりも大きいのね。あれが腕に刺さったら再起不能になりそう。
たてがみがあって、迫力があって、鋭い大きな牙、これぞ百獣の王ってわけね。
……そういや、昔本で読んだけど、狩りをするのは雌の方なのよね。
「ヒモなのね」
ライオンを睨みながら軽く嘲笑う。彼は容赦なくずっと私に攻撃をしてくる。
疲れないのかしら。
なんとか一歩私がリードした瞬間、私は小さな剣を思い切り、彼の前足にぶっ刺した。その瞬間、ライオンはガクリとその場に崩れ落ちる。
一瞬、皆が黙り込んだが、すぐに歓声を上げた。
「小僧がやりおったぞ!」
「自分の目が信じられない。夢じゃないよな?」
「あんな小さい子供がまさかこんな戦えるなんて……」
だから、まだ戦いは終わっていないわ。私は今からこのライオンを殺さないといけないのよ。
私は動けなくなった息切れたライオンにゆっくり近付く。
足を引きずってでも逃げればいいのに、どうしてそんな諦めた表情を浮かべているの。本当に野生動物?
私も相当疲れているけれど、ライオンの方もかなり疲れていたみたいだ。
「クスリ切れだ」
会場の柵の中にいた人間がボソッと呟いたのが聞こえた。
……クスリ?
一体何を彼に投与していたの? あんな暴れ方をして私を襲おうとしたのはクスリのせいってこと?
そっとライオンに手をやる。その瞬間、目が合う。
周りの音がシャットアウトされて、私と彼だけが時間が止まったような感覚に陥る。
野獣の目でなく、助けを懇願するような目で私を見つめているような気がした。触れた手から彼の記憶が脳に流れ込んでくる。
まだ生まれて間もない頃に親を人間に殺され、ここに見世物として連れてこられる。それから、意思に反してクスリを投与され、より狂暴にと育てられる。
……なんなの、これ。彼から伝わってくる思いがあまりにも悲しく苦しい。
本来、森で駆け回っているはずのライオンが小さな檻に閉じ込められ縛られ、さらに人間からの沢山の暴力……。人間は娯楽の為にかなり無惨で容赦ないことをする生き物ね。
「何ボーッとしてるんだ! 早くとどめを刺せ!」
「殺っちまえ!」
本当、窮屈な世界ね。あなたもかわいそうね、人間のおもちゃにされて。ボロボロになって、それでもまだ戦い続けているのに、誰一人褒めてくれない。助けてくれるものもいない。
「早く殺せ!」
「見えてねえのかよ!」
うるさ…………え?
突然会場が静寂になる。視線を国王様の方へずらす。
……流石だわ。国王が手を上げ、静まれと合図をするだけでこの会場にいる全員が口を閉ざす。つまり、それだけ国王に力があるということ。
「これが、ラヴァール国の王」
私を試すような目で見る国王を見つめながら小さく呟いた。




