2 七歳 ウィリアムズ家長女 アリシア
現在七歳 ウィリアムズ家長女 アリシア
この世界は魔法が存在する。魔法を扱えるのは貴族のみと言われている。
まぁ、後に魔法を使える平民のヒロインが出てくるのだが……。
それはひとまず置いておこう。そして私も勿論魔法が使える。
ウィリアムズ家は闇の魔法を専門とする大貴族である。
闇、光、水、風、火。
この世界を支える魔法として主となっているのがこの五つである。
ちなみに、国王は水の魔法を専門としている。
専門としていても実際その魔法をどのくらい使えるかどうかは本人次第なんだけど。
私は絶対に闇の魔法を完璧に扱えるようになってみせる。
なんたって、この世で一番の悪女になるのだから魔法ぐらいは簡単に使えないとね。
明日から早起きして図書室に籠って使い方を調べましょ。
「おはよう、ロゼ!」
私に仕えているメイドのロゼッタが私を起こしに来る前に私がそう言って部屋を飛び出すと、ロゼッタは目を丸くした。まるで幽霊でも見たような反応ね。
確かに、前までの私じゃ考えられないものね。朝の挨拶も早起きもした事なかったもの。
傲慢で、自分勝手で、口を開けば文句を言ってたものね。家族全員に呆れられるくらい。
それでも今思えば私は随分と甘やかされていた。そしたら自然と自分にも甘くなっていったのよね。
けどそれはもう過去の私よ。
今日からは自分に厳しく生きるのよ。
庭でお兄様達が剣のお稽古をしているのが見えた。
こんな朝から毎日しているのかしら。私もお兄様達を見倣わないとね。
一番年上のアルバートお兄様は現在十二歳。そして現在十歳の双子のアランお兄様とヘンリお兄様。
三人のお兄様は私と全く違って物凄く優秀だ。
まぁ、小さい頃からお父様の英才教育を受けているのだから当たり前よね。
お兄様達は勿論ヒロインの攻略対象に当たるのだから超美形。
私のお兄様達をヒロインにとられたと思ったアリシアはヒロインを虐めて、私はお兄様達に嫌われて見放されるのよね。
ああ、なんて素敵な悪女。
けど、アリシアがどんな風にヒロインを虐めていたのかどうしても思い出せない。
……思い出せない事をいつまでも考えていてもしょうがないから私のやり方で虐めるしかないわね。
悪役令嬢愛好家の私が最高の悪女を必ず立派に演じてみせます。
お兄様達の剣のお稽古を見ていたら私もしたくなってきた。
前世では私は結構運動神経よかったのよね。スポーツが大好きだったのよ。
流石に剣術はした事ないけどね。だからこそやってみたい。
やっぱり悪女と言えば、身体的にも強くならないとね。
「お兄様! 私にも剣術を教えて下さい」
私の言葉に反応してお兄様達は手を止めて私の方を見た。
あら、見たことのない阿呆面ですよ。
そんなに目を瞠らないで。私が変な事言ったみたいになるじゃない。
……この世界では女が剣術を習うのはいけない事だったかしら。
前世の記憶と今までの記憶が私の脳内でごちゃ混ぜになってるみたい。
「アリ? 熱でもあるのか?」
目を丸くしたままアルバートお兄様が私の顔を見る。
「私は至って健康ですわ」
「……どうしていきなり剣術を習いたいなんて思ったんだ?」
アルバートお兄様は優しく私に微笑んだ。お兄様といえども美形に微笑みの威力は半端ない。
そんな笑顔をあちこちで向けないでくださいね。たくさんの女性が泣く事になります。
アランお兄様とヘンリお兄様はまだ目を丸くしている。
「強くなりたいからです」
「「嘘だろ」」
アランお兄様とヘンリお兄様の声が重なった。流石双子だわ、息ピッタリ。
アルバートお兄様は私の返答に驚いたのか、顔が固まっている。
強くなりたいって、ヒロインを虐める強さが欲しいってことですよ?
アルバートお兄様が私の顔をまじまじ見つめ、私の額に手を当てた。
失礼ね、熱なんてないわ。私は真剣に言っているのよ。
アルバートお兄様の両サイドにアランお兄様とヘンリお兄様の顔が並んだ。
美形三人に見つめられるなんて、妹でも照れちゃう。
「アル兄、どうするの?」
ヘンリお兄様がアルバートお兄様に聞くと、アルバートお兄様は少し眉間に皺を寄せ目を瞑った。
それから蚊の鳴くような声で何かを呟いてから私の方をじっと見た。
「いいよ」
とアルバートお兄様は優しく微笑んで言った。
アルバートお兄様、私にはちゃんと聞こえましたよ。
『どうせ続かないだろう』と呟いたのを。
私、やると決めたらとことんやり通す主義よ。
世界一の悪女になるためならどんな困難も乗り越えるわ。
「有難うございます」
私は満面の笑みを浮かべた。お兄様達は私を訝しげに見ていた。