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男に「お前たちはここに入れ」と乱暴に言われてから数時間が経った。
相変わらず異臭が凄いわね。貧困村を思い出す。
不衛生で、気の狂った叫び声が響き、強烈な臭いが鼻を襲い、絶望的な場所。こんな所で希望を見い出せなんて言われてもほぼ不可能だ。
フィルは私達とは別の牢へ入れられた。どうやら見世物に選ばれた人は特別な場所へ入れられるみたいだ。そこがここよりも綺麗な場所か汚い場所かは分からないが、きっと綺麗な所だと思う。
「彼、死んじまうのかな」
ミルがぼんやりと地面を見つめながら呟く。彼の隣に座っているルビーは無反応だ。
……悲しいけれど、百パーセント死ぬわね。あの力量で飢えたライオンに敵うはずないもの。
いつからか、私は相手を見たら、大体の相手の強さを測れるようになった。速読力などで私の目が少し特殊なのは知っていたけれど、こんな事まで出来るようになるとは思っていなかった。
ウィルおじさんも私の目には驚いていたけれど、私にとってはこれが当たり前だったから凄いなんてあまり思ったことがなかったのよね。
私がざっと観察した中で、きっと一番強いのはあの未だに名前の分からない坊主の男。彼は間違いなく只者じゃない。だって彼、歩く時に足音がしなかったもの。訓練された者じゃないとそんな事は出来ないはずよ。
私の推測が正しければ、暗殺者ってところかしら。
「僕もそのうち死ぬのか」
ミルがか細い声で声を発する。
なんて弱そうな男なのかしら。この状況ならそう考えるのも仕方ないかもしれないけれど、そんな考え方なら、悪女も目を向けないわ。悪女はね、強い人間に興味を持つものなのよ。
「死ぬんじゃない」
低い声でそう言った。私の言葉にミルは眉をピクッと動かし反応する。
「僕は生き残るけど、君たちはここで死ぬだろうね」
「君はこの戦いで生き残れる自信があるのか?」
「自信も何も、僕には生きるという選択肢しかないよ」
「ハッ、若いなぁ」
彼は私の答えを鼻で笑い、少し敵意を向け始めた。
まぁ、こんな小僧のいうことなんて彼らにしたらうざいだけか……。それでも、私には死ぬなんて選択肢は最初からない。
逆境に立てば立つほど強くなれる。悪女ってそういうものでしょ?
絶体絶命のピンチを何らかの方法でいつもくぐり抜けてヒロインを困らせるのよ。
「じゃあ、君が代わってやったらどうだ」
ミルが突然低く冷たい声でそう言った。その場の空気が少し張り詰める。
「僕が?」
あら、そんなこと出来るなんて素晴らしいチャンスじゃない!
時間を少しも無駄にしたくない。少しでも早くこの国の王に目をつけてもらいたいもの。
「ああ」
「そんなことが可能なの?」
まさか私がそんな風に返すとは思っていなかったのだろう。ミルは目を少し見開いて固まった。ずっと無表情だったルビーも軽く私の方に目線を動かした。
彼からしたら、自分よりも随分と若い少年が死を志願したようなものだものね。