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眼鏡をかけた厳格そうな若い男の人がそこには立っていた。
……こっちの服装は少しスーツっぽい。カジュアルなのかフォーマルなのか分からなくなってきた。というか、よく考えてみたらこの乙女ゲームの世界観って凄いわよね。
「ここはどこなんだ?」
「ここはラヴァール国の闘技場の地下でございます」
フィルの質問に男は即答した。
どうして闘技場……? 皆の顔が引きつるのが分かった。
ああ、そういうことね。私達は、国外追放された身だ。つまり、私達の命なんて軽いもの。この国の見世物になるってことかしら。
「そうですね、明日の朝に貴方に戦ってもらいましょう」
男はそう言って薄気味悪い笑顔を浮かべながらフィルを指差した。
フィルは散瞳し、ただ男の指を見つめて固まった。
ちょっと待って、着いてすぐに戦うなんて体力もないし、死ぬに決まっているじゃない。相手は誰かによるけれど……。
「対戦相手は……、飢えたライオンなんてどうですか?」
何を言っているの? ライオン? 何匹? どれぐらいの大きさ? 性別は?
脳がぐるぐると周り整理が出来ない。いきなり突き付けられた現実に少し戸惑う。国外追放が甘いことじゃないくらい分かっていたけれど、これはかなりまずいかも……。
もし、私がこんな格好じゃなかったら優遇されていたのかしら? いや、その前に、貴族とバレて違う馬車で送られていたかもね。
まぁ、そんな手遅れな話を考えた所で意味ないのだけれど。
「明日の……朝?」
「安心してください。食事の方は満腹になるまで好きなだけ食べて良いですよ」
「ち、ちょっと、待ってくれ……。もう少し先に出来ないのか?」
「それは出来ませんね」
「……鍛えたり、こ、心の準備とか」
怯える目でフィルはたどたどしく言葉を発する。
「それに、それにだな、俺はこの中では一番年上だ。だ、だから時間が、必要なんだ」
まるで、神にすがるように男にすがっている。
それと対照的に男は酷く冷たい視線でフィルを見下す。
彼に心がないというより、本当に私達を商売道具としてしか見ていないことを実感させられる。
「なぁ、頼む、少しだけ先に」
「罪人の分際で口出しするな。あんたらは捨てられたんだ。せめてライオンの餌になって役に立て」
片手でフィルの口を力強く覆い、男がそう言った。
鋭く突き刺さるようなその言葉にフィルの目は大きく見開き、少し涙目になっているのが分かった。
……本音が出たわね。それにしてもなかなか厳しいこと。これも悪女になる為の試練よね……。
伝記にはライオンの餌になりかけたって書かれるのかしら。
良いじゃない。上等よ。絶対にここで生き残ってやる。
私は口の端を少し上げて、腹をくくった。




