187 十一歳 ジル
まさかデュークがこんな簡単にアリシアを国外追放するなんて思わなかった。
一体何を考えているんだ? あんたの惚れた女だろ。守れよ! 僕は心の中でデュークにそう叫んだ。
そして、怒りに任せてアリシアと一緒に国外追放される為に声を上げた。こんな国に未練なんてない。僕はアリシアと共に生きるんだ。アリシアの為になら国なんて簡単に捨てられる。
アリシアが部屋から出ていく時に、デュークは彼女の耳元で何を言った、それに対してアリシアは驚き、笑ったのだ。何を言ったのか聞こえなかった。きっとアリシアにしか聞こえていないだろう。
だが、一つ分かることがある。あのアリシアの表情はしてやられたって表情だった。……あの表情から分かることは、デュークは記憶喪失なんかじゃないってことだ。
……よくやってくれるよ、全く。
アリシアはほとんど口に出さなかったが、表情によく出ていた、ラヴァール国へ行きたい、と。特にラヴァール国の狼が現れた時からどんどんあの国に興味を示していた。貴族の令嬢がそう簡単に他国へ行けるわけない。というより、他国に行ける者はまずいない。外交も五大貴族だし、商人も国境を越えることはない。それに、この国は外交をほとんどしていない。それでもギリギリこの国は生きていけるからだ。貧困村のことは頭にないみたいだけど。あのバカ王……、っていうのは心の中だけに留めておこう。じっちゃんが早く王になればいい。
「では、皆様、ごきげんよう」
アリシアはそう言って部屋を出た。僕は衛兵の腕から無理やり抜け出し、彼女の方へ向かった。
一緒にラヴァール国へ行くことは不可能だと分かったが、せめて最後まで見届けたい。
「おい! お前!」
「いい、放っておけ」
デュークの低い声が部屋に響いた。その声で一瞬で衛兵は大人しくなる。王子なのになかなか威厳がある。……デュークだから当たり前か。彼もなかなか窮屈な世界にいるんだろうな。
デュークもきっとラヴァール国へ行きたいだろう。だが、王子がそんな勝手なことは出来ない。
アリシアを信用しているからこそこの手段を取った……。
僕は部屋を出て、アリシアを追った。
彼女は僕なんかいなくても生き生きとしていて、一人でも堂々とした姿勢で自信に満ち溢れていて、どこでも輝ける。だけど、僕は彼女が必要だった。もっと彼女に相応しい人間になりたい。彼女に必要としてもらえる人間になりたい。何度もそう思ってここまできた。
とうとう彼女は僕から完全に離れてしまう。
城の外には、キャザー・リズ達がいた。……キャザー・リズ達だけしかいない。
これで確信した。デュークは記憶喪失ではない。本当に見せしめにしたいのなら、民衆全員の前を通りながらラヴァール国へ連れて行く。けど、もしかしたら、そこでアリシアに何かする奴が現れるかもしない。それを回避するために、城にはこんな最低限の人数しかいないんだ。きっと、国外追放したということは彼女が無事にこの国を出てから言うんだろう。
「アリアリ~」
「おい! 離れるんだ」
メルが目を潤わせながら声を上げてアリシアに抱き着こうとしたのを衛兵が止める。
この皆が色々と言いづらそうな表情を浮かべている中でよくその行動に出れたな。
「アリシア様ッ!」
キャロルは目から涙を流してる。
アルバートとアランはやっぱり妹が国外追放となれば話は別なのか、少し気まずそうな顔をしている。エリックは『こいつは国外追放されて当たり前だ』みたいな目で彼女を見ている。
……カーティスとフィンは哀れみの目、二人ともまだデュークに騙されているから仕方ないか。
「アリシア」
「ヘンリお兄様、なんて顔なさっているのですか」
「……助けてやれなくてすまない」
「どうして謝るのです? ヘンリお兄様に似合わないわ。……お父様とお母様によろしくお伝えください」
ヘンリはアリシアを見ながら深く頷いた。力不足で申し訳ないという気持ちでいっぱいなんだろう。アリシアはきっとラヴァール国へ行けてラッキーとしか思っていないだろう。後で、デュークのあれは演技だって言ってやろうかな。……やめておこう。勝手に言うのはまずい。
「アリシアちゃん……」
キャザー・リズは眉を下げて、悲しそうにアリシアの方を見る。僕はその表情に苛立ちを覚えた。
「さようなら、リズさん」
「……私からデュークにお願いしてみるわ」
「は?」
今までクールに振舞っていたが、アリシアの素が出た瞬間だった。物凄い形相でキャザー・リズを見ている。
「今なんて」
「私からデュークに国外追放をやめてってお願いするわ」
キャザー・リズは真剣な口調でアリシアにそう言った。