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燦々と輝く太陽が私を照り付ける。じわじわと汗が額から出てくる。
……かつて唇をカサカサにして、檻の中に入れられてお城まで運ばれた令嬢はいるのかしら。もしかして、私が初めて!? ああ、最高の気分だわ。この暑さとこの喉の渇きを忘れてしまえるぐらいに嬉しいことだわ。
「アリシア様、もうすぐお城につきます」
近くにいた衛兵が柔らかい口調でそう言った。
檻の中に入っている罪人にこんな優しい話し方をする衛兵を今まで見た事ないわ。もっときつく当たってくれていいのに。それでこそ悪女だわ。……デューク様も少し余計な事をしてくれたわね。
衛兵達が私の事を罵りながら歩いていたら、町の皆も私が何か悪い事をしたって思うに違いない。そうなれば、私は晴れて国民が認める悪女になれたかもしれないのに!
どうして私は悪女に憧れていたんだっけ……? そんな疑問がふと私の脳裏をよぎった。私は皆に罵られるだけの悪女になりたかったのかしら? ああ、暑さで頭がうまく回らない。
「ねぇ、どうしてあのお姫様はあの中に入っているの?」
「あの方はお姫様じゃないわよ。それに、あそこに入っている理由は……」
親子の会話がふと耳に入ってきた。小さな女の子の疑問に母親は言葉を濁らせた。
「美人が檻の中にいるぞ」
「あ、あの方ってウィリアムズ家のアリシア様?」
「あの艶やかな瞳、あの瞳に見つめられたいぜ」
「一体何をやらかしたんだ?」
「噂に聞いたのだけど、アリシア様って学園で物凄く素行が悪いらしいわよ」
「あ、それ、私も聞いたわ。なんかリズちゃんを虐めているらしいって」
今よ! 衛兵! 私を罵倒しなさい! って心の中で願っても記憶がなくなる前のデューク様のせいでそんな事にはならないのよね。それに、このセリフを口に出したら、まるで私がマゾみたいになってしまうわ。
リズさんはこの町で育ったのよね。そりゃ皆はリズさんの味方よね。逆に私を庇う義理なんて少しもないもの。
「私もあの檻の中に入りたいな」
騒がしい中でもはっきりくっきりと私の耳に幼い女の子の声が聞こえた。急いでその声が聞こえた方向を見つめた。
「こらっ、何を言っているの? もう帰るわよ」
少女の言葉に慌てた様子で母親は彼女の腕を引っ張って連れて行こうとしている。それでも女の子の目はキラキラと輝かせながら私を見つめている。
「だって、とってもミリョクテキだもん」
女の子は覇気のある声で母親に向かって声を上げていた。
……ミリョクテキ? 牢に入った令嬢が魅力的ってこと……? ああ、そうだわ、悪役令嬢のそこに憧れていたんだわ。強く怖い美女なのにどこか寂し気で孤独さを感じさせる芯の強い凛とした魅力的な悪女。私がなりたいのは幼い頃からこれよ。どうしてさっき一瞬迷っていたのかしら。きっと暑さのせいね。
あの女の子が私の事を魅力的って言ったのよね? つまり、檻の中にいてもなお人を魅了しているってことかしら!? 私、ついにそのレベルの悪女にまでたどり着いたのね。素晴らしい達成感だわ。
「町の人たちの声で気を悪くしないで下さい」
衛兵が誰にも聞こえないような声で小さく私の方を向いて囁いた。
気を悪く? むしろ逆よ。 私は悪女だもの。悪口を言ってくれて構わないわ。
「何の問題もないわ。自分の意見を堂々と言えるのは素敵なことよ」
私はそう言って、背筋を伸ばした。悪女たるものどんな時でも堂々としておかないと! 暑さで憔悴してしまっていたけれど、今、私は注目を浴びているのよ? 弱々しい姿なんて見せられないわ。「弱った姿を見た事のない悪女」ってことで世間に認知されたいもの。
私はそんな事を思いながらお城にたどり着くまでどんなに喉が渇いていても、どんなに暑くても、姿勢と表情は一切変えなかった。
更新が遅くなって申し訳ございません。
いつも読んでくださっている方、本当に有難う御座います。
感想も誠に嬉しいです! いつも元気を頂いております。
そしてご報告が!!
「歴史に残る悪女」が書籍化される事になりました!「
有難う御座います。
報告は以上です!
これからもどうぞよろしくお願いします。