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「アリシア!」
私が丁度玄関についた時にお父様の叫び声が聞こえた。
額に汗を流し、息が荒い。私の部屋から玄関までわりと距離がある。あの距離を走ると結構しんどいわよね。……それにしてもそんなに急いでどうしたのかしら。
「一つ言い忘れていたことがあった」
「何ですか?」
私は軽く首を傾げてお父様を見た。
「言おうか迷ったのだが」
「ああ、もう早く教えて下さい」
「……アリが容疑者だと後押ししたのは王子だそうだ」
「はい?」
王子ってことは……デューク様? というか、デューク様は自分が記憶喪失って分かっているの?
キャパオーバーよ。頭がこれ以上働かないわ。
「デュークが忘れているのはアリシアだけだ。だから一番怪しいと思ったのだろう」
ああ、そうだったわ。私だけを忘れているんだったわ。
「それにアリ、人を殺したことがあると言ったか?」
「ええ、言いましたわ。事実なので」
「笑いながら言ったのか?」
お父様が真剣な目で私をじっと見つめる。
私は悪女よ。人を殺した事を悔んだりしないわ。それにあの時はやらなきゃやられていた状況だもの。
「はい」
「……そうか」
弱々しい声でお父様はそう呟いた。
ようやく今の状態がつかめてきたわ。私が人を殺したことを笑みを浮かべながら言った事に対して、デューク様は私に嫌悪感を覚えた。そして、私だけの記憶がない。……私が何かやましい事をしたから自分の記憶をデューク様から消したと思われたってところかしら。
「そういうことね……」
「事件の概要なら何一つ把握出来ていないぞ」
「犯人と動機は私も理解出来ていませんが、私が捕まる経緯はなんとなく分かりましたわ」
「時間です」
衛兵が私達の会話に割り込んできた。
あら、容疑者に敬語を使ってくれるなんて。仮にも五大貴族で良かったわ。というか流石国王様の衛兵ね。マナーが良いわ。
「行きますわ」
「……ああ」
お父様が心配そうな表情で私を見つめる。まるでもう二度と会えないみたいじゃない。もっと笑顔で見送って欲しいわ。実際、私はデューク様の記憶を消していないもの。絶対に自分で無実だという事を証明するわ。それに私の場合、有罪になってラヴァール国に行くことになっても別に苦ではないもの。
「心配しないでください。私、結構強いので」
「ああ、知っている」
そう言ってお父様は苦笑した。
私は衛兵に連れられ、檻のついた馬車に乗せられた。
……囚人みたいだわ。手は縄で縛らなくても大丈夫なのかしら。
「あの、アリシア様」
私が檻の中に入ったのと同時に、衛兵に声をかけられた。
「私どもはアリシア様が犯人でないと確信しております。このようなご無礼をどうかお許し下さい」
檻の周りにいる衛兵達が一斉に頷く。
あら、どうして国王様の衛兵が私の味方をしてくれるのかしら。
「我々はどんな状態であってもアリシア様の味方であります!」
「はい!」
覇気のある大きな声があちこちから聞こえてくる。
私がきょとんとしていると、ある衛兵が教えてくれた。
「前にデューク様に言われたんですよ、なにがあってもアリシア様の味方でいてくれと」
私は驚きのあまり言葉を失った。
デューク様が私の事をそんなにも思ってくださっていたなんて……。
「王子はアリシア様に惚れこんでいますから」
リーダーらしき衛兵が笑顔でそう言った。
……嬉しいけれど、これ以上私の味方が増えると悪女としての威厳がなくなってしまうわ。嫌われるのが私の役目よ。




