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デューク様が美しく凛々しい表情で私の方へ近づいてくる。
私の方へ近づいてきているはずなのに、どこか別人みたいだわ。……私の考えすぎかしら。
「お話が」
そこまで言った瞬間、デューク様は私の隣を黙って通り過ぎた。
……少しも目が合わなかったわ。
「え」
ジルがデューク様の行動に声を漏らした。私は驚きのあまり言葉が出なかった。
まさかデューク様に無視される日が来るなんて……。
「デューク様?」
私は振り向いて、デューク様の背中に向かって声をかけた。デューク様の足がゆっくりと止まった。
……なんだか様子がおかしいわ。
妙な緊張感が漂う。デュークが私の方をゆっくりと振り向いた。その瞳はいつも私に向けてくれる優しい瞳ではなかった。
もしかして、私の失言に対して、相当怒っているのかしら。
「何の用だ?」
そう言ったデュークの表情は酷く冷たく、私の背筋が一瞬で凍った。
デューク様にこんな表情を向けられるなんて生まれて初めてだわ。敵意に満ち溢れている。
「「……」」
私もジルも何も言う事が出来なかった。
「俺に何か用か?」
デューク様はもう一度低い声でそう言った。デューク様の圧力で私は固まってしまった。
悪女なら絶対に何か言い返すはずなのに、本気モードで私を睨んできているデューク様を目の前にすると今すぐ逃げ出したくなってしまった。
「何をしているんだ?」
聞き覚えのある声が私の耳に響いた。その声を聞いた瞬間、私の心の中に安心感が生まれた。
……やっぱり兄弟の力って凄いわね。
「ヘンリか。この女がいきなり俺に話しかけてきたんだ」
「は?」
デューク様の言葉にヘンリお兄様は顔をしかめた。
……今、なんとおっしゃったの?
「デューク、何を言っているんだ?」
「こいつの事を知ってるか?」
デューク様が私の事を一瞥してそう言った。ヘンリお兄様はデューク様の衝撃的な言葉に固まった。
「アリシアと僕の事、忘れたの?」
ジルは目を見開きながら、そう呟いた。
「お前はジルだろ」
デューク様が怪訝な表情を浮かべながらそう言った。
その表情をそっくりそのまま返したいわ。どうしてジルの事は分かっていて、私の事は分からないのよ。
「アリシアの事は?」
「アリシア? 誰だ?」
デューク様は眉間に皺を寄せながらそう言った。あら、私、デュークに本気で忘れられたみたい。
まぁ、乙女ゲームの世界だし……。
「そんな事もあるわよね」
「いや、ないでしょ。というか、どうしてそんなに落ち着いていられるわけ?」
「アリのメンタルって凄いよな」
「メンタルの問題じゃないでしょ」
ジルが呆れた様子でそう言った。
……どうして私の事を忘れてしまったのかしら? あまりにも急過ぎるわ。
「不自然ね」
「誰かがデュークの頭からアリシアの記憶だけを消したとか」
「一体誰が?」
「それは分からないけど……」
「そのうち戻るかしら」
「意図的に消されたのなら戻らないかもしれない」
ジルの言葉に私は思わず固まってしまった。このまま一生戻らなかったら、どうなるのかしら……。
「用がないなら、もう行ってもいいか?」
デューク様が面倒くさそうな表情を浮かべながらそう言った
確か、これに似た表情を前世で見た事があったわ……。アリシアに向けて、この表情をよくしていたのよ。つまり、デューク様の記憶が消えた事でシナリオ通り進んでいるって事よね? このままいけば、無事にリズさんとデューク様をくっつける事が出来るんじゃないかしら。私は悪役令嬢だもの。王子と結ばれるべきでないわ。デューク様の中から私が完全に消えてしまった今、私の印象を新たに作り直す事が出来るわ。
「デューク様、自己紹介させて頂きますわ。ウィリアムズ家長女のアリシアと申します」
私はそう言って、スカートの端を軽くつまみ、斜め四十五度にお辞儀をした。
投稿が大変遅くなってしまい、誠に申し訳ございません。




