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アリシアは何も言わず中庭の方に歩いてく。俺達は黙って彼女の後を歩く。
一度もアリシアとは目が合っていない。一体いつ俺達がいるって気付いたんだ。
魔法も使ってなさそうだし、……気配か?
俺達の存在を気配で分かったなら、アリシアは一流の殺し屋にでもなれるだろう。
だが、今はそれよりもアリシアとエマの関係の方が気になる。
「アリちゃん、一つ聞いていいかな?」
俺の言葉にアリシアは中庭に少し入った所で足を止めた。そしてゆっくり俺の方を振り向いた。
その時の彼女の眼光が鋭く、思わず見惚れた。普通なら怖いと思うのだろうが、彼女のあまりにも大人びた表情に俺は釘付けになった。
「……何を考えているんだ」
「え?」
心で思った事がそのまま漏れてしまった。
アリシアは少し眉間に皺を寄せて不思議そうに俺を見つめている。
「いや、何もない。ただ、さっきエマの為に彼女達を脅した理由は何だったんだろうって思って」
「彼女達はあまりにも度が過ぎていたので」
「あのナイフが彼女達に当たらないという保証はあったのか?」
「あら、お説教ですか?」
「ただの確認さ」
「……ありましたわ」
彼女は少しだけ間をおいてからそう言った。
聖女、彼女を見ながらそんな言葉が頭に浮かんだ。本当の聖女はアリシアじゃないのか?
魔法に関してはリズより劣っているかもしれないが、知能、身体能力においてはアリシアの方が勝っている。
「エマはアリシアに付くだろうね」
フィンが俺の隣で何を考えているのか分からない表情を浮かべた。
エマがアリシアに付くことを喜んでいるのか、怒っているのか、どっちか分からない。
「エマはリズさん信者ですよ?」
「僕は自分の目で見たものしか信じないんだ」
「何が言いたいのですか?」
「アリシアが悪魔って言われているのを僕は一度も信じた事はないし、僕が今まで見てきたアリシアはむしろ天使だと思うよ」
「私にとってそれは最悪の評価ですわ。天使だなんて……、本当に最悪だわ」
どうしてそこまで天使と言われる事を嫌がるんだ。普通は喜ぶはずなのに……。
俺はそんな事を思いながらアリシアを眺めた。
「それに、エマは女の子が好きなんだよ」
「はい?」
フィンの言葉にアリシアだけが驚いていた。
どうやらジルは知っていたようだ。フィンが言ったことに全く表情を変えない。……彼は一体どうやってそんなにも細かく膨大な情報を手に入れているんだ。自分よりかなり年下の少年に俺は恐れを感じた。
「だから、女の子が好きなんだよ」
「えっと、つまり、……恋愛対象は」
「「「女の子」」」
俺達の言葉が見事に重なった。
アリシアはまだフィンの言葉を理解出来ていないようだ。まぁ、確かに、かなり衝撃的な事実だろう。知っている人もかなり少ないはずだ。
「もうエマはアリちゃんに惚れちゃったかもな~」
「私は何もしていませんわ」
そう言ったアリシアの声に少し動揺が感じられた。
「エマはアリシアに落ちたと思うよ」
ジルがアリシアの不安を煽るようにわざと真剣な表情で言った。
「アリシアの近くにいると、どんなに嫌でもアリシアの魅力を感じる事になるからね」
ジルは少し皮肉な笑顔を浮かべながらそう言った。
確かに、それはそうだ。彼女に魅力を感じない方が難しい。嫌な女だと思い込んでも、惹かれていく。
リズと正反対なのに、アリシアの方が魅力的だ。
「もしリズなら、エマがいる所で彼女達を呼び出して、無理に仲直りさせていたかエマを庇っていたかのどっちかだろうね。まぁ、これは僕の憶測にすぎないけど」
「キャザー・リズは皆の英雄だからそれぐらいはしないと」
「本当の英雄はエマの知らない所で、犯人を脅している人だと思うけど」
「キャザー・リズはきっと自分の綺麗な心を皆に見て欲しくて、観衆を集めてから、良い言葉を沢山言うんだろうね」
「二人とも仲良いわね」
「キャザー・リズの事で意見が合っただけだよ」
……リズの扱いが酷い。別に俺はリズの肩を持つわけではないが、フィンもジルも可愛い顔してかなり辛辣な事をすらすらと言っている。
というか、初めてフィンが何を思っているのか分かった。薄々感じていたが、まさかフィンもアリシア側だったとは。秀才ばかりがアリシアの味方になっている気がする。
……能ある者に能ある者が集まるのは当たり前の事か。
リズ勢が一体どれだけアリシアの方に流れるだろう。かなり面白くなってきたな。部外者の俺はこれからどうなるのか見物させてもらおう。