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「放っておいて、もう行きましょ」
食堂へ足を踏み入れた瞬間、彼女達は俺達の方に向いて、食堂から出ようとした。
とっさに俺は足を引っ込めてしまった。こっそり覗いていたなんてばれたら大変だ。
なんて噂されるか分からない。そう思うと、俺は結構世間の目を気にして生きている気がする。緑の魔法がこの国の五大魔法に入っていないからだろう。上手に器用に生きなければならないのだ。
「なんで戻ってきたの?」
「しょうがないだろ、彼女達がこっちに向かって来てるんだから」
俺の言い訳にフィンは軽くため息をついた。
年下なのに俺を馬鹿にするような態度は腹が立つが、今の俺の行動にため息をつく気持ちは分かる。
「アリシアは何をしたいんだろ」
それは俺にも分からない。アリシアはただ彼女達の悪口を黙って聞いていただけだ。そして、そのまま彼女達が食堂から去ろうとしている。
本当に何もしないつもりなのか? 俺はアリシアの方に目を向けた。
その瞬間だった。キラリと眩しく輝いたものが俺達の方に向かって来た。
「え」
俺とフィンの声が綺麗に重なった。
アリシアがナイフを投げたのだ。ナイフは女子生徒達の横をすれすれに通り過ぎ、壁に綺麗に刺さった。
女子生徒達は何が起こったかまだ理解出来ていないみたいだ。ただ固まって突っ立っている。
ナイフが自分の真横を通り過ぎたのだ。すぐに状況を理解出来なくて当たり前か。
……それにしてもなんてコントロールだ。あんなすれすれを狙って出来るものなのか?
それにかなりの筋肉がなければ、あんな速いスピードでナイフは飛ばない。
「何、が起こったの……」
微かに震えた小さな声が聞こえた。
彼女達の瞳にはもう驚きはなく、恐怖が見えた。怯えた目でナイフをじっと見つめている。
「いきなりナイフが飛んできた感想は?」
アリシアは表情を変えず、それだけ呟いた。そして、恐怖で動けなくなった女子生徒達の存在を無視するように通り過ぎようとした。
「待ちなさいよ」
一人の気の強そうな女の子が声を必死に絞り出しながらそう言った。
「仕返し? エマに何か言われたの? 恐怖を私達に与えろって言われたの? 私達がエマにしたような事をこれから仕返しするつもりなんでしょ!」
半狂乱に声を荒げながら彼女は叫んだ。
アリシアは面倒くさそうな顔で、振り向いた。アリシアが振り向いた瞬間、威勢よく叫んでいた彼女は急に口を閉ざし、怯えた表情を浮かべた。
この位置からはアリシアがどんな表情をしているのか分からなかったが、低い声が聞こえた。
「次は当てるわよ」
彼女のその一言は物凄い圧力があった。今の言葉は脅しとしては効果抜群だ。
仕返しって言っていたぐらいだから、彼女達はエマに相当な事をしていたのだろう。
彼女達の今の表情は言葉にせずとも、簡単に想像出来るだろう。恐怖に怯える顔とはこういう表情を言うのか……。無駄のない行動、言動、本当にアリシアは一体何者なんだろう。
……男前とはアリシアのためにある言葉ではないか? 俺の頭の中にそんな疑問が浮かんだ。
「逃げなくていいの?」
フィンが俺に向かって小さな声でそう言った。
そうだ、アリシアに見つからないように逃げなければ。
「カーティス様、フィン様、少しお時間よろしいですか?」
気付けば、俺はアリシアと目が合っていた。