167
馬車の小さな窓から朝日がさしこんでくる。ジルが私の前で髪の毛を微かに揺らしながら寝ている。
ああ、朝のこの時間ってなんだか素敵だわ。
とりあえず、今日から国外追放作戦を考えましょ。国外追放作戦ってなんだか物凄い悪い事をするみたいで心が躍るわ。
……国外追放になるには国王様に失礼な事をすればいいのかしら。でも、その前にウィルおじさんの事も聞きたいのよね。
「アリシア」
……びっくりしたわ。さっきまで寝ていたジルがいきなり私を真剣な瞳で見つめているんだもの。
「どうしたの?」
「昨日の夜、ずっと考えていたんだけど、僕、……アリシアが一人で何かをするって決めているのなら口を出さないよ。アリシアの考えに僕は反対しない」
ジルは私から決して目を逸らさない。
「……だけど、一つだけ僕と約束して欲しい」
「何を?」
「死なないで」
そう言ったジルがあまりにも綺麗で私は一瞬見惚れてしまった。なんて大人びた表情をするのかしら。
「そう思っているのは僕だけじゃない。デュークもヘンリもメルもキャロルも、皆アリシアが大好きなんだよ。アリシアがいない未来はあまりにも寂しすぎる、ってデュークが前に言ってたよ」
ジルのあまりにも真剣な言葉に私は固まってしまった。ジルが真剣にそう言っているのに、私は悪女は人に好かれていいのだろうか、とか最低な事を考えてしまった。嬉しいのと同時に少し不安が生じた。
悪女になりたいという気持ちは変わる事はないのに、私は一体何を目指しているのかしら……。
「僕はいつでも君の盾になる」
「じゃあ、私はいつでも貴方の剣になるわ」
「……僕達、最強だね」
ジルはそう言って嬉しそうに口角を上げた。朝日に照らされた灰色の瞳が輝いていて、少し眩しかった。
「アリシア様」
「アリアリっ!」
キャロルとメルが勢いよく私の方へ向かってくる。二人とも顔が必死だ。
この絵面だけ見れば、私、人気者みたいだわ。
「おはようございます」
「おはよう~~!」
「おはよう」
「やったっ! 今のはきっと私に言ってくれたんだっ!」
メルは勝ち誇った顔を浮かべながら喜色あふれる声でそう言った。
……彼女達は何をそんなに争っているのかしら。
「違うわ。今のは私に言って下さったんだわ」
「は~? どう考えても私、メル、に言ったんだよ」
朝から元気ね。……というか、私より年上の二人が私より元気って変よね。
でも、私も前世で生きていたら三十歳ぐらいだもの、精神年齢がある程度高くても当たり前よね。
「アリシアをこんな風に慕う子達がこの学園に百人ぐらいいるって考えておいた方がいいよ」
「百人!? それはちょっと盛りすぎじゃない?」
私は思わず頓狂な声を上げてしまった。流石に百人は多すぎるわ。
「……少なめに考えて、百人だよ。本当はもっといると思うよ」
どうしてそんな事が分かるのかしら。一体ジルはどれだけの情報を持っているのかしら。恐ろしいわ……。
「私の方がアリアリを好きだもん」
「私の方がアリシア様をお慕いしているわ」
メルとキャロルの甲高い声が耳に響く。その様子を見てジルは呆れた顔で彼女達を見た。
「まだやっているよ」
……この中で一番精神年齢が高いのは、最年少のジルかしら。私はふと心の中でそんな事を思った。