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この静寂を破ったのはジルの笑い声だった。
「アリシアはいつも僕の想像を超える行動に出るね」
彼の声が食堂に響く。
「あら、それは誉め言葉よね?」
「勿論」
ジルはそう言って嬉しそうに笑った。
やっぱり昔に比べてジルはよく笑うようになった気がする。
……後で毛先は魔法で整えておきましょ。
私はキャロルの方に近付き手を差し伸べた。
「よろしくね、キャロル」
私がそう言うと、彼女は目をまた大きく見開いて固まった。眼が潤っているように見えた。
もしかして感動しているのかしら。……でも、何に?
「今、私の名前を……」
キャロルは私をじっと見たまま声を震わせながらそう言った。
あら、私に名前を呼ばれたのがそんなに嬉しかったのかしら。
「名前を呼ばれただけでその反応って、愛されてるね、アリシア」
ジルはにやにやしながら私にそう言った。
確かに、私は彼女に随分と慕われているみたいだ。
「ジルも私を愛してくれてるの?」
私は意地悪のつもりでそう言った。最近はジルにやられっぱなしだったから、彼が困るような質問を投げかけたくなった。
ジルは私の質問に少し固まった。その後に、ふっと微笑み口を開いた。
「愚問だね」
真面目な口調でそう言った。その台詞だけでジルの答えはわかった。
まさか真剣に答えてくれるとは思わなかった。
私はジルからキャロルに視線を移した。
「長居は無用よ。行くわよ」
「はい!」
私の言葉に彼女は覇気のある声でそう言った。
もう声は震えていないわね。嬉々とした顔で私を見ている。
幼少期の私ならきっと彼女を助けなかったわよね……。
私はそんな事を思いながら食堂の出口に向かった。
案の定、皆、私が出ていく道を作る。本当に私、女王様みたいだわ。……悪の女王って響きは最高だわ。
食堂を出てすぐにメルに会った。
「アリアリ~! って、髪の毛切っちゃったの?」
メルは私に会うなりそう言った。
「そうよ、色々あってね」
「可愛いっ! 可愛い過ぎる! ショートヘアがこんなにも似合う子初めて見たよ!」
メルは興奮した様子で私にどんどん近付いてくる。
メルの表情を見ていると褒めてもらっているのに素直に喜べない。
「よだれ垂れてるよ」
ジルは呆れた口調でメルを見ながらそう言ったが、メルにはジルの言葉が聞こえていないようだ。
「アリアリって小顔だし、顔の作りもはっきりしているしっ! 美少女ショートヘアは最高!」
メルに小顔と言われても……。私は彼女の方が小顔だと思う。
それにいつになったらメルの興奮が冷めるのだろう。
「メル、その態度はアリシア様に失礼だわ」
見かねたのか、キャロルが凄まじい目で睨みながらメルにそう言った。
……あら、知り合いなのかしら。
メルの視線がキャロルに移る。
「あれれれ? キャロルじゃん。 その酷い髪の毛は何? それにアリアリとどういう関係?」
一気にメルの声のトーンが変わった。
「二人はどういう関係なの?」
「遠い親戚ですわ」
私の言葉にキャロルは即座に答えた。何故か私に忠実な番犬を飼った気分だわ。
「私より一歳年上だからって調子に乗らないでよね」
メルはキャロルを睨みながらそう言った。……一歳年上? 確か、メルは十八歳よね。
という事は、キャロルは十九歳? 私より四歳も年上なの? 私、敬語を使ってないわ。
……まぁ、別に本人は気にしていないみたいだし、いいわよね。
私はキャロルの方にちらりと目を向けた。メルとキャロルが物凄い形相で睨み合っている。本当に仲が悪いのね。
というか、彼女の悲惨な髪の毛を整えてあげましょ。
彼女達が睨みあっている中、私は指を鳴らした。私とキャロルの髪の毛が一瞬で整った。
魔法って本当に便利だわ。美容院に行かなくて済むし。
「綺麗になったわよ」
「アリシア様……、本当に有難うございます! 言葉に表せないぐらい幸せですわ」
「だからって調子乗らないでよね」
感動するキャロルの言葉を切り裂くようにメルはそう言った。
「私がアリシア様に髪を整えてもらった事が羨ましいんでしょ?」
「は? 違うし~。私の方がアリアリといる時間長いし~。ていうか、アリアリ攫った事あるし~」
「そう言えば、そんな事あったわね」
私達の言葉にキャロルは信じられないと言わんばかりの顔でメルを見つめる。
「そう言えば、どうしてメルはここにいたわけ?」
キャロルが何か言う前にジルがそう言った。
メルはジルの言葉で急に思い出したように私の方を見た。
「デュークが俺は今手が離せない状態だから食堂に行ってアリシアの様子を見てこいって……でもなんか、解決したみたいだね!」
メルは最後に明るい口調でそう言った。
あの状況を解決したと言っていいのか分からないが、とにかくメルがあそこに来なくて良かったと心の底から思った。
あのジェーンとメルの組み合わせはかなり狂気的だわ……。