161
その瞬間、ジェーンは胸を押さえながら息を荒くして辛そうに倒れた。
口からヒューヒューと苦しそうな喘鳴が聞こえる。
レベル91の臓器の働きを止める闇魔法特有の魔法よ。これは闇魔法っぽいわよね。
このレベルになると結構闇魔法っぽいのが多くなるのよね。肺を止めるとこんな風になるのよね。
人に魔法をむやみやたらに使ってはいけないけど、今回ばかりはしょうがないわ。
……しょうがないって言葉はかなり便利ね。
私はそんな事を思いながら、もう一度指を鳴らした。
このぐらいにしておかないと本当に死んでしまうもの。
ジェーンは少し泡を吹きながら私を睨んだ。相当苦しかったみたい。
私に二度も倒された人は彼女が初めてだわ。
「……何、した……の」
ジェーンは倒れたままそう言った。息をするのがまだしんどそうだ。
「少しばかり肺を止めたのよ。苦しかったかしら?」
私は首を傾げて彼女に微笑んだ。
その瞬間、皆の私に対する目が軽蔑から恐怖へと変わった。空気が張り詰める。皆が慎重に息をしているのが彼らの息遣いで分かる。誰も私に野次を飛ばさない。
これは私の魔法能力を見せるのにかなりいいタイミングだったわね。悪女を怒らせると怖いのよ。
もしかして、ジルはこうなる事を見込んでいたのかしら。私はジルの方をちらりと見た。
……あら、ジルも驚いているわ。どうやら、ジルの想像以上の事を私はしたってわけね。
「あまり動かない方がいいわよ」
私はそう言って、倒れているジェーンの横を通り過ぎて薄紫色の髪の女子生徒の所へ向かった。
目の前でこんな事が起こったのに彼女の目にはまだ私にたいする尊敬と憧れが見えるわ。
「名前はなんて言うの?」
「ミラー・キャロルですわ、アリシア様」
少し声を震わせながらも彼女ははっきりそう言った。
「アリシア様の前だと緊張してしまって」
彼女はそう言いながらも背筋を伸ばして私をじっと見つめた。やっぱり気品はあるのね。
「何魔法?」
「毒魔法ですわ」
ジルの質問にもキャロルは敬語で答えた。
……毒ですって?
毒魔法はかなり弱い魔法だけど、本当に珍しい魔法よ。
前に本で読んでから毒魔法を使える人に会ってみたいと思っていたのよ。
まさかこんな形で会えるなんて。……彼女、使えるじゃない。
それに彼女、ジルにも尊敬の念を抱いているわ。私の助手だからっていう理由で尊敬しているのかもしれないけど……。それでも、こんな少年に敬語を使える人なんていないわ。
「ねぇ、アリシア」
ジルは私の目を見た。彼女は使える、ジルの目は私にそう語っている。
私も丁度そう思っていたわ。私はジルに向かって軽く頷いた。
「貴方、私に憧れているのよね?」
「はい! その強い志や現実を直視して先を見据える力やその美しい黄金の瞳も、その長くて艶のある黒髪も、全て憧れていますわ」
キャロルは食いつくようにそう答えた。
まさか私をそこまで慕ってくれる人がいるなんて思わなかったわ。
「少しでもアリシア様に近付けるように髪を伸ばしていたのですが……」
彼女は悲愴な面持ちでそう呟いた。
私は彼女の髪を一瞥した。随分とショートになってしまったわね。
肩より上まで切るなんて、ジェーンもやり過ぎだわ。
「……使えないなんて言って悪かったわ」
私はキャロルにそう言ってジェーンの方に向かった。
さっきまでの迫力は消え去り、ジェーンは怯える目で私を見た。
「安心して、貴方にもう用はないわ」
私はそう言って彼女に軽く微笑み、手からハサミを奪った。
そろそろ切ろうと思っていたのよね。ずっとこの髪型なんだもの、飽きてくるわよ。
けど、切るタイミングがなかなかなかったのよね。切りたいなんて言ったらお父様には絶対に反対されるもの。まぁ、お父様に内緒で切ればいい話なんだけど。
それに、前にネイトに髪を少し切られたし……。
ハサミを持ったままキャロルの方をゆっくり向いた。キャロルはきょとんとした顔で私を見ている。
私は片手で髪を掴み勢い良くハサミで切った。黒く長い髪が薄紫色の髪の上に散らばる。
キャロルもジルも目を見開きながら私を見ている。今にも目が飛び出しそうな勢いね。
「これで今の私は貴方と同じくらい短いわ。また私に近付けたわね」
私はそう言って彼女に向かって微笑んだ。




