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私が進む道を生徒達は作ってくれる。目的地へ彼らが勝手に案内してくれる。
まるで今の私は女王様みたいだわ。
誰も何も言わず大量の視線だけが私に突き刺さる。
注目を浴びるのもなれるものね。皆に見られていると思うと姿勢が伸びるわ。
「あら」
目的の現場に着き、思わず出た第一声がそれだった。
……これは髪の毛?
床に散乱した薄紫色の髪が真っ先に目に入った。
綺麗な色ね。紫色って珍しいわ。
「ようやく本人が来たわよ」
そう言った少し高く張りのある声はどこか聞き覚えのある声だった。
私は声の主の方に目を向ける。……ジェーンじゃない。久しぶりだわ。
私が折った鼻はすっかり綺麗に治っているわね。治癒魔法かしら。
まだ優等生らしさは健在ね。
「元気そうね、ジェーン」
私がそう言うと、ジェーンは顔をしかめた。
「私の名前を知っているのね。貴方に名前を呼ばれるなんて不愉快だわ」
どうやら私は相当嫌われているわね。
そりゃそうよね、顔のど真ん中に拳を入れて吹っ飛ばしたんだもの。
「私に殴られた後の貴方の姿はまるで踏みつぶされたカエルみたいだったものね」
私は嘲笑しながらそう言った。
不愉快なんて言葉を悪女に使うなんてなかなかいい度胸をしているわ、ジェーン。
貴方とは戦いが終わっていないような気はしていたの。リベンジってわけね。
「彼女と戦うんじゃないと思うよ」
ジルが私に小声でそう言った。
……違うの?
私は瞠目しながらジルを見た。
「多分、あの子が問題なんじゃない?」
そう言ってジルはジェーンの後ろを指さした。
私はジルの指の先に目を向けた。
髪の毛を散々に切られた女子生徒が地面に座り込んでいた。
あら、彼女がこの薄紫色の髪の持ち主ね。
「なかなか悲惨な状況ね」
「髪を切られたみたいだね」
「どうしてかしら……」
いくら頭を回転させても彼女が髪の毛を切られた意味が分からない。ジルも分からないみたいだ。
「教えてあげるわ。彼女ね、貴方に憧れているんですって。長い髪もあなたのその艶のある美しい……不気味な髪に憧れて伸ばしていたみたいよ」
ジェーンがいきなり私を睨みながら話し始めた。
随分丁寧に説明してくれるのね。私の髪の毛の質まで。
「それで?」
私がそう言うと、彼女はいきなり笑い声をあげた。
……怖いわ。まるで気が狂った殺人犯みたいだわ。
「貴方に憧れているなんて規律が乱れるのよっ! だから私がこのハサミで切ってあげたの。泣き叫んでいたわよ! あんたなんかに憧れるからこんな目にあうのよ!」
そう叫び終わった後にジェーンは床に座り込んでいる薄紫色の髪の毛の女子生徒を睨んだ。
……どうやら久しぶりにあったジェーンは随分危ない人に変化してしまったみたいだわ。
優等生らしさはもうどこかに消え去ってしまったみたいだわ。私が殴ったせいかしら……。
「それで、どうして私にここに来て欲しかったわけ?」
「貴方のせいで彼女はこんな惨めな姿になったのよ? 何にも思わないの?」
私の質問にジェーンは少し固まりながらそう言った。
「思わないわ」
私がそう即答すると食堂内の空気が一瞬で変わった。……あら、私、この空気知っているわ。私を非難する空気。
ジェーンは目を見開きながら口を開いた。
「最低ね」
「……失礼ね。そもそも私は彼女の事を知らないし、弱い者には興味ないのよ」
「自分のせいであんな姿になっているのよ?」
「あれは私のせいじゃないわ。貴方のせいよ、ジェーン」
「私にそんな行動をさせたのはあんたのせいよっ!」
ジェーンは少し焦るように大声を上げた。
……相当、私に殴られた事がショックだったみたいね。
でも、私はそんな事じゃ心を痛めないわ。
「そうよ、私の大事な髪を切ったのはあなたよ」
あら、素敵な声ね。
私はそんな事を思いながらジェーンの後ろにいる薄紫色の髪の女子生徒に目を向けた。
彼女は立ち上がり、じっとジェーンを睨んでいた。
貴方の睨みは物凄い迫力ね。それに髪は乱れているのに立ち姿に気品がある。
「彼女、本当にアリシアに憧れているね」
「そうかしら」
「立ち方やあの人を射貫くような睨み方とかね。それに、あそこでジェーンに言い返したのもアリシアに認めてもらいたかったからだよ」
ジルは彼女を見ながら淡々とそう言った。
私は床に散らばった薄紫色の髪をじっと見た。
……これまた凄い子が現れたわね。