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結局狼に関する情報は何も手に入らなかった。
まぁ、これ以上詮索するつもりもないけど。……でも、気になるのよね。
いくら危険って言われても気になってしまうのよね。
「ジョン先生が言っていたんだけど、ラヴァール国で流行っている斑点病は魔法で治らないらしいよ」
「でもマディで治るんでしょ?」
「まあね。けどマディは珍重されている薬草だから普通の人は手に入らない」
「斑点病の被害を止めるために魔法でマディを複製したらどうなの?」
「複製魔法は闇魔法特有でしょ。彼らはキャザー・リズを狙ったんだよ?」
「聖女は斑点病を治せるの?」
私は自分が思っていたよりも大きい声でジルに聞いた。
そうなると、ラヴァール国側はリズさんが何者か分かっていたって事よね?
「国だけじゃなくて世界を救うと言われている聖女なら治せるかもしれない」
ジルは難しい表情を浮かべながらそう呟いた。
「まぁ、それはまだ分からないけど」
付け足すようにジルは私の方を見ながらそう言った。
……リズさんをラヴァール国に渡すわけにはいかないわ。
聖女がいなくなったらこの国は今よりも酷い状況になってしまうわ。
「私、行こうかしら」
私は心の言葉をそのまま口に出してしまった。
「は!?」
ジルが頓狂な声を上げた。固って私を目を見開いて見ている。
つい、心の声が漏れてしまったわ。
でも私なら役に立つかもしれないわ。複製魔法はレベル90で使えるわ。
闇魔法って本当に使えない魔法が多いけど、これは使えるわね。……複製魔法のどこが闇魔法なのか分からないけど。
とにかく、ラヴァール国の今の状況を自分の目でみたいのよね。
貧困村同様、目で見ないと分からない事の方が多いもの。でも、国外に行ける人間は限られているから、私の場合はまず無理ね。女だし、令嬢だし……。リズさんの代わりに攫われたりしないかしら。
「ねぇ、アリシア、何考えてるの?」
ジルは目を細めながら私をじっと見る。
……本当に勘の鋭い子ね。
今、考えていた事を口にしたら絶対に反対されるわよね。
「何にも考えていないわよ」
私はジルに微笑みながらそう言った。それでもジルは私を疑い深く見る。
「本当に? ……とにかく変な事考えないでよね」
「分かっているわよ」
私の答えにジルはまだ何か納得していないような表情を浮かべた。
……信用されていないわね。まぁ、ジルの勘は当たってるんだけどね。
私達はそのまま食堂の方に向かった。
どうしていつも食堂って騒がしいのかしら。
私の言っている騒がしいって話し声の事じゃないわよ。何か面倒な事が起こっているって事。
食堂の前で人が大勢集まっている。あまりにも見学者が多すぎじゃない?
……見ているだけで暑苦しいわ。
「入る?」
「やめておきましょ」
私は即答した。
あの中に入るなんて絶対に嫌だわ。入ってもまた面倒な事に巻き込まれるのよ。
わざわざ自分から面倒な所に行くなんて馬鹿だわ。
「僕もそう思ってた」
私達はそのまま食堂に背を向けて歩き出そうとした瞬間、誰かの叫び声が聞こえた。
「おい! ウィリアムズ・アリシアが来たぞ!」
……今、引き返そうとした所よ。
私を一瞬で発見出来るなんて、私の事を好きなのかしら。
「またアリシアが関連している事件が起きたんじゃない?」
ジルは少しにやつきながらそう言った。
どうして嬉しそうなのかしら。私が知らない所で私が関連している事件が起きるなんて気味が悪いわ。
それに事件って言い方はやめて欲しいわ。
「有名人は毎日忙しいね」
「ジル、楽しんでいるでしょ」
私は少し声を落としてジルを軽く睨みながらそう言った。
「まあね、だってアリシアが何かする度に影でアリシアの人気が上がっているからね」
「そんなの興味ないわよ。それに私は人気じゃなくて悪評が欲しいの」
「それは置いておいて、行くの? 行かないの?」
……どうしてそんな私を試すような目で見るのかしら。ジルのくせに……。
行かなかったら私が負けたみたいじゃない。
「行くわよ」
私はそう言ったのと同時に食堂の中へと足を進めた。