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「言ったらまずかったかしら?」
私はジルにしか聞こえないような声でそっと呟いた。
「いや、いつかばれる事だし……それに差別に慣れているから大丈夫だよ」
「そんなものに慣れないで欲しいけど。差別がある以上そんな事は簡単に言えないわね」
私はそう言ってポールさんをじっと見た。
……彼は貧困村に対して良い印象を抱いていないみたい。いくら見た目が優しそうでもそういう感情はあるのね。彼は貴族だし、そんな感情があってもおかしくはないけど。ジルの賢さは認めていてもやはり差別というものは心のどこかに残ってしまうのはしょうがないわね。
「貧困村なのに魔法学園に通っているのか?」
ポールさんは探るようにジルの方に目をやった。
……ああ、これは私のミスだわ。
これからはもっと考えてから言葉を発するようにしないと。
「私の助手という形で通っていますわ」
私はポールさんに向かって微笑みながらそう言った。
「国王陛下は知っているのか?」
「ええ」
私の言葉にポールさんは難しい表情を浮かべた。
このままこの秘密をポールさんが誰かに言いふらしたら大変だわ。何か手を打たないと……。
悪女らしく脅してみようかしら。
私はポールさんの目を真っすぐ見ながら口角を上げた。
「ポールさん、この事は内密にしていただけます? 口外するようなら……殺します」
私の言葉にポールさんの表情が固まった。ヘンリお兄様もジルも目を見開いている。
数年ぶりの再会で殺すなんて言われたらそんな反応になるわよね。
人と関われば関わるほど面倒くさくなっていくわ。人との関わりがあるから優越感や劣等感が生まれるのだし……人間関係って本当に複雑だわ。
「言わないさ。まぁ、美女に殺されるなら悪くないかもしれないけどね」
そう言ってポールさんは軽く笑った。
……ポールさんってこんなキャラだったかしら。ゲームにはほとんど出てこなかったし。
「保証は?」
私がそう言うとポールさんは苦笑いした。
「僕がヘンリとジルに情報を与える代わりに何を貰っていると思う?」
「……分かりませんわ」
「お金さ」
「はい?」
私は思わず聞き返してしまった。
「僕が植物屋を経営するためにはかなりの資金が必要なんだ。珍しい薬草を手に入れるにはお金がかかるからね。だから情報屋をしている……僕は親とは縁を切っているからね」
ポールさんは低い声でそう言った。
貴族なのにお金がないのね……。そこまでして町で店を経営したいなんてなかなか変わっているわね。
なんだか少し点と点が結びついてきたような気がするわ。
「正直、僕は貧困村が大嫌いさ。勿論村人達もね。でも、ジルは顧客だ。それに貧困村の人間にしてはかなり賢い。だから、秘密はちゃんと守るよ」
ポールさんのかなり黒い部分を見てしまったような気がするわ。
「だからこそ信用できるんだよ」
そう言ってジルは口の端を高く上げた。
ジルとポールさんの共通点は互いを利用し合う真っ黒な部分を持っている所ね。
「それで、狼の件はどうなったんだ?」
ヘンリお兄様が真剣な口調でポールさんを見ながらそう言った。
……狼? もうすでに狼の話をジルはヘンリお兄様にしていたって事?
なんて仕事が早いのかしら。
ヘンリお兄様の言葉に急にポールさんの瞳が変わった。空気が張り詰める。
ポールさんのメガネが太陽の光で反射してきらりと眩しく光った。
「あの件にはあまり関わらない方が良い」
ポールさんは低く重い口調で静かにそう言った。