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「こんなにも強いなんて」
レベッカが瞠目しながらそう言った。
「こんなのアリシアの中じゃ強いに入らないよ」
私が言おうと思っていた言葉をジルが少しにやけながら言った。
「分かった、俺が相手になろう」
そう言ってネイトは私を静かに睨み剣を私に向けた。
あら、もう一本剣を持っていたのね。
……待って、さっき右から剣を抜いて私に渡してくれたわよね?
なのに今は左から……もしかして二刀流なの?
でも二つの剣を持って戦うなんて相当筋力がいるはずだわ。
私が今持っている剣もかなり重いもの。二刀流で戦える人なんてまだ見た事ないわ……。
「レベッカ、あなたの剣を借りるわ」
私はそう言ってレベッカの方を見た。
「え? ……質は変わらないけど」
レベッカが目を見開いてそう言った。
「いいから貸して。これ、貴方に返すわ」
私はそう言ってネイトから借りていた剣を返した。
「は? 俺の剣が使えないのか?」
そう言ってネイトは顔をしかめた。
「違うわ。本気で私と戦って欲しいのよ。貴方、剣を二つ使って戦うんでしょ?」
私が微笑みながらそう言うと、ネイトは目を見開いた。
これぐらいの観察は驚かれるような事でもないんだけど……。悪女としては人の行動を見ているのは当たり前よ。
「ハッ、よく見てるな」
ネイトは軽く笑ってそう言った。
そう言って私の手から剣を取った。レベッカも私の方へやって来て、剣を渡してくれた。
ネイトのやつと同じぐらいの重さで同じぐらいのぼろさ……これもなかなか使い込んでいるわね。
レベッカが相当努力してきたって剣が語っているわ。
私はネイトの方に目を向けた。彼はもう剣を構えて私を見ていた。
体に突き刺さるような殺気……素晴らしいわ。私は口角を上げてネイトを見た。
その様子に一瞬ネイトが怯んだ。こっちも本気で戦おうとしているのが伝わったみたいだわ。
「二人ともなんて殺気だ」
「特にあの嬢ちゃんからの殺気は……鳥肌が立った」
誰かの話し声が聞こえる。
……あら、そんなに殺気を感じて貰えたなんて嬉しいわ。
「いつでもどうぞ」
そう言って私はネイトを見下すように見つめた。
「あんまりなめていると痛い目見るぞ」
ネイトの双眸は私を真っすぐ見据えた。
その瞬間、彼は私の方に飛びかかって来た。
……なんて脚力。
彼が振る剣を私は各方向から受け止める。……それになんて速さなの。
重く力強い振りをこの速さで続けられるなんて相当筋力がないと出来ないわ。
剣の腕は今まで戦った中で一番強いんじゃないかしら。
「凄いぞ、あの子……」
「ネイト隊長と互角に戦っているぞ」
「剣の動きが速すぎて見えん」
「隊長は本気だ……あんな細い腕であの剣を受け止められるなんて信じられない」
どんどん周りが騒がしくなっていく。
「アリシア!」
ジルの声が聞こえた。目の前に剣の先が見える。
物凄いスピードのはずなのにゆっくり動いているように見えるわ。
私が剣を避けたのと同時に私の髪の毛がぱらぱらと地面に落ちた。
……これは油断していると間違いなく死ぬわ。ネイトは私を殺しにきている。
「あれを避けるなんて……」
「……魔法を使っただろっ!」
「ああ、そうか、魔法を使っているんだ。姑息な手を使いやがって」
「貴族はやっぱり汚い事ばかりしやがる」
急に私に向かって野次が飛んでくる。
「黙れ」
ネイトは鋭い目つきで野次を飛ばしている者達を見ながらそう言った。
一瞬で彼らは口を閉ざした。
「こいつはそんな卑怯な手を使ってねえよ」
そう言って私の方を見て口角を上げた。
あら、案外いい奴ね。正々堂々と戦う奴は好きってタイプの人間かしら。
「僕が言おうと思ってたのに」
ジルは少し残念そうな表情で言った。
「お嬢ちゃん、いい腕してるな」
「貴方もね」
私がそう言ったのと同時に彼はまた攻撃態勢に入った。
一本剣が増えただけでこんなにも強いなんて……この技術を欲しいわ。
「あの素早い動きに目が追い付かない」
「令嬢様は守ってばっかりだし、これは隊長が勝つんじゃないか?」
「何言っているんだよ、隊長が勝つなんて当たり前だろ。ここで一番強いんだぞ」
「……あの子が異質過ぎるんだ」
「隊長の動きには誰も追い付けないんだぞ」
話し声が聞こえるけど、今は剣の動きに集中していて何を言っているのか分からないわ。
後で何を言っていたのかジルに聞きましょ。
……早く反撃に出たいのに、全く隙がないのよね。
「これで終わりだ」
ネイトは目を光らせて、口角を上げる。
その表情に思わず鳥肌が立った。……なんて悪そうな顔なのかしら。素晴らしいわ。
でも、私は絶対に負けないわよ。私に向かってくる剣を見てどこに隙があるのか探すのよ。
焦らず、冷静に見たら絶対にどこかにあるはずよ。
ネイトは思い切り足を踏み出して地面を蹴り、私を頭上から突き刺そうとした。
まるで鬼神みたいだわ。私は彼のその姿を見てそんな言葉が頭に浮かんだ。
……お腹だわ。
私は剣を地面に落として、一歩踏み込み彼の剣を避けるのと同時に彼の腹に全力で拳を入れた。
私の拳の勢いで彼は少し吹っ飛んだ。……男性だからジェーンを殴った時みたいにそんなに遠くには飛ばなかったわね。
いくら力があって、俊敏に動けても、冷静に物事を判断できない人間は死ぬって事ね。戦いに勝つためには聡明な決断が全てだもの。勝利のために最後に剣を捨てる事も大事だわ。
静寂に包まれた空気の中私はネイトの元へ向かった。
ネイトは立ち上がりながら肩を震わせていた。
泣いているのかしら……流石にそんなわけないわよね。
「素手かよ」
ネイトは声を少し震わせながらそう言った。
……笑っている?
ネイトは私の方に顔を向けた。
「俺の負けだ。馬鹿にして悪かった」
ネイトはそう言って軽やかに笑った。
どうやら私の事を認めてくれたみたいだわ。やっぱり綺麗事を言って認めてもらうより強さで認めてもらえる方が嬉しいわね。
……なんだかリズさんのやり方を否定したみたいな言い方になってしまったわ。
でも、彼女は私より断然強いもの。どこにいても認めてもらえる存在だわ。それがヒロインよ。
「ウィルが言ってた通り物凄い動体視力の持ち主だな」
私がリズさんの事を考えているとネイトは私に向かってそう言った。私は思わずその言葉に固まった。
……ウィルおじさんは一体どうして私の動体視力が凄いなんて分かったのかしら。