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歴史に残る悪女になるぞ  作者: 大木戸 いずみ
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「は?」

 私の言葉にネイトは顔をしかめた。

「私の相手をしてくれるのは誰? レベッカ? それとも貴方?」

 私はネイトの目を真っすぐ見ながらそう言った。

「本気で言ってるのか?」

「当たり前じゃない」

 私は腕に巻いてあった細いリボンを解き、それで髪を一つに束ねながらそう言った。

 レベッカまで私の事を怪訝な表情で見ている。

「髪をまとめて本気ってわけか」

 私を小馬鹿にするようにネイトはそう言った。

「本気を出すかはまだ決めていないわ」

 私はそう言ってネイトの方に近づき微笑んだ。

 ネイトは私から目を逸らさずに静かに睨んでいる。緊張した空気が漂う。

 周りがネイトの言葉を待っているみたいだわ。……やっぱり彼がリーダーね。

「おい、タイロン、この女の相手をしてやってくれ」

 ネイトは私の目を真っすぐ見ながら呟いた。

「分かりやした」

 ネイトの言葉に反応して少し離れた所から肉付きのいい太った大きい男が出てきた。一体私の何倍あるのかしら。坊主で目つきも悪くて……この村には私の理想の悪人面の人達が沢山いるわね。

 私はタイロンの方を見ながら彼の動きを把握した。……凄い太い腕で筋肉があるみたいだけど、動きが鈍い。鼻息が荒く、眉間に皺を寄せて私の方へ歩いてくる。

 大きな棘がたくさんある鉄の棒を片手で持っている。まるで鬼みたいだわ。

 それに左利きなのね。歩く時は右から足が出ていた。そして、少し左足を引きずっているわ。

 足首が痛い歩き方というよりは膝が痛い歩き方……何か怪我でもしたのかしら。

「おい、お嬢ちゃん、こいつで戦いな」

 そう言ってネイトは腰から剣を取り出して私に渡した。

 私は剣を受け取りじっくりと眺めた。

 ……リーダーが持っているって事はここでは一番良い剣よね?

 少し錆びているし、刃先ががたがただわ。相当使い込んでいるわね。

 今日、家から剣を持って来なくて正解だったわ。私が使っている剣とあまりにも品質が違いすぎるもの。

「ぼろぼろだろ?」

 ネイトが私の心を読んだかのようにそう言った。

「貴族が持っているようなのに比べたら最悪な剣だろ?」

 ネイトは自嘲気味にそう言った。 

「……そうね。最悪だわ」

「おい、お前! 貴族だからって調子乗るなよ!」

 ネイトの横にいるタイロンが私に太い声で怒鳴った。

 あら、物凄い迫力だわ。その体もその声も、その顔も……まさに悪党ね。

 私は少し微笑んでタイロンを見た。

「正直に言った方がいいと思ったの。嘘をつくよりはね」

「ふざけんなよ。隊長の剣を馬鹿にするなんて……殺してやる」

 タイロンは私を睨みながらそう言った。

 ……ネイトって隊長だったの? そもそも貧困村に隊があるの?

「殺すな。殺す一歩手前で止めておけ」

 ネイトは落ち着いた様子でそう言った。

 ……ぼろくて脆そうな剣だけど、これでも十分戦えるわ。弘法筆を選ばずってね。

 レベッカが私を心配そうに見ている。……確かにそれが普通の反応よね。

 貴族のお嬢様が剣を習っていたなんて知っているはずがないもの。

 ジルだけよね、この状況で私の隣で私の事を面白そうに見ているのは。

「いつでもいいわよ」

 そう言って私は剣を強く握り正眼に構える。空気が一瞬で張り詰める。

 私の殺気を感じたのかタイロンも大きい鉄の棒を片手で持って私の方に向けた。

 目が私を殺す勢いだわ。……隊長の剣を侮辱されたのがそんなに嫌だったのかしら。

 話し声がぴたりと止み、私とタイロンの間に緊迫した空気が流れる。

「お嬢様から来いよ」

 タイロンは少し黒ずんだ歯を私に見せてそう言った。

 私、随分となめられているわね。……一分もかかるかしら。

 ネイトが隊長ならそれなりに賢いはずだわ。私の力量を探るためなら、多分そんなに強くはないはずよ。中の下ぐらいかしら? きっとタイロンも私をお嬢様だと思って油断しているだろうと思うし……絶対一分以内に終わらせてやるわ。

「では、お言葉に甘えて」

 私はそう言って一歩を踏み出し彼の後ろに回り、思い切り左膝の裏を蹴った。

 タイロンは奇声を発して見事に両膝を地面につけた。

 動きが遅すぎるわ。それに目の動きも鈍すぎる……これは剣を使わずして勝てるわよ。

 私はそのまま彼の背中を蹴り、彼の首の裏に剣の先を軽く当てた。

 ……あまりにも一瞬すぎるわ。彼の筋肉は全く役に立っていないし。

 それに改めて思ったけど、やっぱり片目だけだと相手の動きを読みにくいわ。

 彼は鈍かったから大丈夫だったけど、対戦相手がネイトなら話は違ってくる。一秒の遅れが命取りになるわ。

 というか、もう勝負は終わっているのに、どうして静寂に包まれているのかしら。歓声があっても良いはずなのに……。

 私は顔を上げて全体を一瞥した。

 みんな目を瞠り、固まって私をじっと見ている……ジル以外は。彼は嬉しそうに私を見ている。

 これぐらいで驚かれても別に嬉しくないわ。……正直、もっと強い相手と戦いたいわ。

「凄い……」

 レベッカが私を見ながら消えそうな声で呟いた。

 ……別に凄くないわ。私より強い人はこの世に沢山いるもの。……もしかして、片目なのに凄いって意味なのかしら。

 毎日剣の練習しているのに弱かったら練習の意味がないじゃない。だから、私からしたらこのぐらいの事は出来て当然だと思っているのよね。

「左膝を狙った理由は?」

 ネイトは私の方を探るように見ながらそう言った。

「引きずっていたからよ」

「見ただけで?」

 私の言葉に即座にネイトは返した。 

 確かに、ほんの少し引きずっていただけだったから気づく人は少ないわよね。けど、分かったのよね。

 ……そうだわ、もう一つ理由があるとすれば……。

「微妙に音が違ったのよ。足を地面についてから離すまでの時間が右足と左足で違ったわ」

 私がそう言うと、ネイトの目が大きく見開いた。黄色い瞳がはっきりと見える。

 この技は私が小屋に閉じ込められていた間に習得したのよね。小屋から出られないから、使用人の話し声で情報を得るしかないんだもの。まぁ、私の耳の良さなんて全くウィルおじさんには敵わないけど……。

「次は貴方が私の相手?」

 私はそう言ってネイトに向かって軽く首を傾げて微笑んだ。

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