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「そういえば、デューク様に狼がいるかどうか聞くのを忘れていたわ」
デューク様と離れて暫くしてからその事に気付いた。
カーティス様にも会ったのに……何にも聞いていないなんて。
……今日の目標は狼の話を聞く事よ。私は脳内に狼という文字を刻んだ。
「あ、そうだった」
「肝心な事を話し忘れるって……ああ、なんだか朝からついていないわね」
「でも好きな人と話せたから良いんじゃない?」
そう言ったジルの表情が少し大人に見えた。
十一歳の男の子が言う台詞とは思えないわ。……二十歳になったらおじいさんみたいな表情をするようになるのかしら。それはちょっと嫌だわ。
「好きな人?」
私がそう聞き返すとジルは驚いた表情で私の方を振り向いた。
綺麗な灰色の瞳が窓から差し込む太陽に反射されて綺麗に輝いている。
ステンドグラスよりジルの瞳の方が綺麗ね。
「え、アリシアの好きな人ってデュークじゃないの? てっきりそうだと思っていたんだけど」
ジルは目を見開きながらそう言った。
「好きだけど……これって恋愛なのかな?」
「僕に聞かれても……。でも、そのネックレスってデュークから貰ったんでしょ?」
ジルは私の胸元を指さしながらそう言った。
……確かに私は毎日デューク様から貰ったネックレスをしている。
でも、それはダイヤモンドが似合う女になりたいからしているっていう理由もあるのよね……。
これは言い訳になるのかしら。ああ、もう自分で自分が分からないわ。
「ジルを好きな気持ちとデューク様の事を好きな気持ちって違うのかしら」
「違うよ」
私のぼんやりとした呟きにジルははっきり答えた。私は少し驚いてジルの方を見た。
「どうして断言出来るの?」
「天才だから」
ジルはそう言って目尻に皺を寄せて笑った。
あら、可愛い顔ね。……ジルって絶対良い男になるわよね。
「……私よりデューク様の事を好きな人は沢山いるし、きっとデューク様の為になら命を捧げてもいいって子もいると思うのよね」
「アリシアって恋愛に関しては知識ゼロだよね」
ジルは少し呆れた調子でそう言った。
まさか年下にそんな台詞を言われるとは思わなかったわ。
というか、どうして私は年下の男の子と恋愛相談をしているのかしら。
でも、ジルの方が私より恋愛は詳しいのよね、多分。
私は鈍感ってわけじゃないんだけど、恋愛の好きの基準が分からないのよね。
友達として好きなのか、恋人として好きなのか、それとも家族として好きなのか。リズさんみたいに皆に崇拝されているようなアイドル的存在として好きなのか……。ああ、考えれば考えるほど分からないわ。
「アリシアよりもデュークの事が好きだっていう子がいたとしてもデュークはアリシアが好きなんだよ」
ジルは真剣な口調でそう言った。
……少女漫画のように一途に相手の事を思っていたらいつか恋は叶う! みたいにはならないのね。
「誰かを愛するって事は誰かを愛さないって事だよ」
ジルは静かな声で私を見ながらそう言った。
その表情には幼さが少しも残っていなかった。賢く知性溢れる大人の表情をしている。
ジルの言っている事は当たり前の事なのにどうしてこんなにも心に染みるのかしら。
「何があってもデュークがアリシアを思う気持ちは変わらないと思うけどね」
「私って性格悪いのよ?」
「……そうだとしても、デュークは今でもずっとアリシアを見ているよ」
少し躊躇ってジルはそう答えた。
……待って、ジルに私は性格が悪いと思われていないのかしら。
どうして私が性格悪いって言うのをすぐに肯定しなかったのかしら。
私の意識は急にそっちに向けられた。
ジルはそういう事は正直に即座に答えてくれるはずなのに、さっきの間は一体何なの……。
「アリシア?」
ジルが不思議そうにそう言って私の顔を覗き込む。
「……今よりもっと性格の悪い女になったらきっと私から逃げていくわ」
私はジルに向かってそう言って微笑んだ。
私がジルに性格がそんなに悪くないって思われているのなら、もっと悪くなるしかないもの。
確かに、ジルは結構腹黒いから私の性格の悪さなんてジルから見たら大したことがないのかもしれないわ。
……相棒に負けていられないわね。もっと悪女磨きを頑張らないといけないわ。
「デュークの気持ちは揺るがないと思うけどね」
ジルは独り言のように小さくそう呟いた。
私はあえてそれを聞かなかったふりをして足を進めた。




